喜田真に小説の才能はない

執筆を楽しんで書き続けるプロ作家志望者のフロンティア

Home »  小説 »  サイバークライシス » 

サイバークライシス 14話

[ノーネームの黎明期]⑤

「俺はIT犯罪が専門の刑事で、宍戸という。よろしくな」
 取調室で天然パーマの若造が名乗った。
「…………」
 僕は終始一貫して沈黙した。警察官は総じて敵。そして一目見て思ったのだ。
 こんな軽薄を絵に描いたようなイモ男と口利いてやるもんか、って。
 僕とは真逆に存在する人種だ。話が噛み合わないのは火を見るより明らか。
「氏名を教えてくれないか」
「…………」
「俺の声、聞き取りにくいかな。それとも英語じゃないと会話できない、とかかい。仕方ない、付き合っちゃろう。ホワッチュア・ネーム?」
 この男はチャラいだけじゃない。超ド級の阿呆だ。
「ふむふむ、なるほど。ななしの権兵衛、と」
 宍戸は手元のバインダーの氏名欄に、名前書くふりをした。
 不意に笑いがこみ上げる。特段こいつのオヤジギャグが面白かったわけじゃない。意図せずにつけた仮名が、僕のハンドルネームをかすっていたからだ。
 そう、にっくき〈エピタフ〉から授けられた名を。
「楽しそうだな。何がツボだったのか、お兄さんにも教えてくれよ」
「僕のことは『ナナシ』と呼べ、おっさん」
「しゃべってくれたのは僥倖だけど、君は見た目通り無礼なやつだな。俺は花の独身貴族だぜ。『おじさん』と呼ばれる年齢じゃない」
 宍戸は口をとがらせた。
「言い回しが古臭いんだよ。実年齢なんて関係ないね」
「態度は傲岸不遜。捜査に非協力的。性格のひねくれたクソガキと思われる」
 宍戸は口にしながら筆記するふりを――ってこいつ、マジで書いとる。
 そしてバインダーを机上へほうり投げた。
「やめだ、やめ。杓子定規な取り調べなんて、俺の性分じゃないっつーの」
 不良警官らしい。万年昇進できない薄のろなのだろう。
「おい、ナナシ」
 宍戸はパイプイスで足を組み、『おい鬼太郎』ってノリで親しげに語りかけてきた。
「おまえのツレ、札付きのワルみたいだぞ。そいつの蛮行、おまえはどこまで知っている?」
 僕は答えなかった。『答えられなかった』のほうが正しいけど。
「言いたくないなら教えてやろう。データの抜き出し、不正な書き換え、ウィルス混入による基幹システムのクラッシュなんて嫌疑もかかってる。クラッキングの見本市だな。ターゲットが政財界の核をなす部分ばかりで、被害総額は頭が痛くなるほど甚大さ」
「僕が直接手を下したわけじゃないって。全部〈エピタフ〉の仕業だ。僕がやったのは防衛網を突破し、侵入経路を切り開くことだけ」
 僕は無実を訴えた。あらゆる罪を肩代わりされたら、たまったもんじゃない。
「〈エピタフ〉ね。それが真犯人の名か」
「本名と思えないけどな。『墓標』という意味をこめて命名する親なんて、いないだろうし」
 僕が知る全情報をつまびらかにした。通称のみを目印に検挙するのは、砂漠に落とした一本の針を探すような作業に違いない。
「〈エピタフ〉なる極悪人が実在したとして、おまえの自己主張は『詳細を何も知らされず、ハッキングしただけ』か。悪事の片棒を担いでたなんて思いもよらなかった、と」
 宍戸に向かって、僕はこくこくと首を振る。
 宍戸は深く嘆息した。魂すら抜けたんじゃないかと思えるほど長く。
「今日びのチンピラでも、もうちょっとひねった言い訳するぞ」
「だって本当で――」
「たとえ事実であっても、だ。『僕は抜け道作っていただけなんです。泥棒たちがしでかしていたことは、想定外だった。僕に罪はないでしょ』なんて釈明されて『はい、そーですか』と納得するやつがいると思うか。おまえが関与しなかったとしても世間一般の人々は、おまえを盗賊団の一味と断定するだろうよ」
 僕は返す言葉もなかった。
〈エピタフ〉の行為について無知蒙昧を装い、見て見ぬふりしたことになるのだろう。善行を働き、恩恵をもたらす者がバックドアをこじ開けて侵入するはずはないのだから。
「んで、盗みばかりが取り沙汰されてるけど、ハッキングだって立派な犯罪だからな」
「え、そうなの? だってシステムに負荷かけて、ハングアップすらさせてないぜ。後生大事に保管してある黒歴史くらいならコレクションすっけど、恐喝のネタにしたこともないし」
 宍戸が軽くずっこける。
「本気で言ってるのか。じゃあなんでおまえはハッキングやってるんだ」
「スリル味わえるからに決まってるだろ。ついでに他人の暗黒部分ものぞき放題だしな。ただ難点があるとしたら、刺激的なハックばかりじゃないってことか」
 宍戸は眉をひそめる。
「なんつーか、おまえには社会生活の『いろは』をみっちり仕込まないといけないらしいな」
「煮るなり焼くなり好きにしろ。これがある限り、僕に拒否権なんかない」
 僕は両腕にはまった手錠を掲げてみせる。取調室に鎖のこすれる音色が響いた。
「おまえをそんな目に遭わせたやつを、どう思う?」
「天パーを一本残らず抜き去ってやりたいね」
「縁起でもないことを言うな。金輪際生えてこなかったら、どう責任取ってくれる」
 宍戸は両手で頭を抱えた。おっさんにはデリケートな死活問題らしい。
 こいつを虐げたければ、髪関連で攻めるのが上策かもな。
「ちきしょー。俺としたことが、ガキに足元を見られるとは。ごほん。だいたい俺がおまえに手錠をかけたわけじゃないだろが。俺が聞きたいのは〈エピタフ〉へ抱く感想だ」
 僕はかざしていた手を、ひざの上に戻した。体温が低下するのを感じる。
「復讐してやりたい。いいや、必ずリベンジする。僕がくそまずい飯食わされて、あいつだけのうのうと高いびきかくなんて不条理、あってたまるか。いつか目に物見せてやる」
「〈エピタフ〉が憎いか」
「ああ。のど笛かっ切ってやりたいほどに」
 宍戸が神妙な顔つきになる。
「ナナシはそいつと、ずいぶん親密だったんだな」
 頭の中が真っ白になった。このチャラいデカが何を言ったのか、理解不能で。
「『愛情』と『憎悪』は表裏一体なんだよ。無関心な相手が粗相したって、気にならないだろ。そんだけ恨めるってことは強く心を寄せていた反動と、俺は思うけどな」
 僕が〈エピタフ〉を思っていた? こいつ、何ぬかしてるんだ。
「お門違い、はなはだしいぜ。能なしなあんたの価値基準で、僕を測って欲しくないな」
「年長者に向かって『能なし』呼ばわりは――ってナナシ、どうした!?」
 天パー刑事が色めき立っている。
「どーしたもこーしたもない。子供を拘束して後ろ暗いなら、すぐに釈放しろ」
「すまん。俺、無神経なこと言っちゃったかな。おまえを泣かせるつもり、なかったんだが」
「泣くって誰が――」
 セリフの途中で、僕の手の甲に水滴が落ちた。『天井から雨漏りでもしてるのか』と思ったものの、頬に生ぬるい感触がある。
 アンビリバボーだ。滴ったのは水じゃない。
 僕の涙。
「ち、違うっ……目にゴミが入っただけで」
 慌てて二の腕で顔面を覆い隠す。こういうとき、両手を封じられてると不便だ。自由のありがたみを痛切に感じる。
 たとえばの話をしてみよう。僕が〈エピタフ〉――ううん、〈影法師〉に対してなにがしかの情を抱いていた場合の仮定だ。無論のこと親愛の情なんかではない。
 友情――すなわち僕は、やつを友達と思っていたんじゃないだろうか。
 口からでまかせだったとしても、あいつは僕を認めてくれた。〝戦力〟として。
 いつしか僕はあいつへ仲間意識に類するものを持っていたのかもしれない。
 僕は〈影法師〉を認め、あいつもナナシを尊重する。それは煩わしくなかった。むしろ僕はあいつの隣に、居場所を見いだしてはいなかったろうか。
 やつが喜べば僕だってうれしい。その逆もしかりだと信じていた。
 ところが突如として、たもとを分かつ。あいつは僕を見限り、無慈悲に敵地のまっただ中へ置き去りにした。今なら信頼した者に謀反された、織田信長の境遇に共感できるかも。
 そして「〈影法師〉は偽名」と述べた。近しい者は〈エピタフ〉と呼ぶ、って。
 きっと僕は、二重の意味でショックだったに違いない。

 ――あいつに始終ウソをつかれていたこと。
 ――僕があいつの近しい人間でなかったこと。

 だから僕は放心したのだ。挙げ句の果てが留置所送り。
 なんたるざまだ。他人を無闇に信じるから、こんな煮え湯を飲まされるんだろ。人間なんて利己的で愚劣な生物だと、知っていたはずじゃないか。
 もう誰も信用するものか。同じてつは踏まないぞ。
「うん。この部屋、ほこりっぽいかもしれんな。あとで後輩を総動員して掃除させとこう」
 僕が顔を伏せていると、目の前の机に何かがそっと置かれた。
 男物の無骨なハンカチだ。
「急場しのぎだが、それを使うといい。目の異物もきれいさっぱり取れるだろう。あと洗って返さなくたっていいぞ。おまえ、クリーニングできる状況下にないしな」
 猿芝居すぎる。なんて単細胞な大人だろう。
 今だけはその脳天気さが、心地よかったりするけど。
「誰があんたの私物なんか洗濯するかっつーの」
 僕はもっさいハンカチで目元を拭い、おもいっきり鼻をかんでやった。

√ √ √ √ √

〔続く〕

down

コメントする




本作へのエールは匿名の拍手でも歓迎です!

ネット小説ランキング

この作品が気に入ったらクリック(投票)お願いします。

グッジョブ!

0

自己紹介

喜田真(きだまこと)

喜田真(きだまこと)

凡才の小説家もどき。 コスパいいガジェットやフリーソフトに目がない。 趣味レベルでプログラミングも嗜む。 [詳細]