喜田真に小説の才能はない

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サイバークライシス 2話

[アビスルートの功罪]②

 聖カトレア女学院のコンピュータルームに女子生徒が二人いた。
 一人は高等部二年で黒髪ロングの清楚な色白美人。
 もう一人は、中等部三年で短髪にカチューシャをつけた、つぶらな瞳の少女だった。
 二人ともコンピュータ部の部員だ。
 広々とした室内には様々なPCがそろっている。OSはウインドウズにマッキントッシュ、リナックスまで完備されており、旧式にもかかわらずメンテナンスが行き届いていた。
 しかしコンピュータ部に所属する部員は二名のみ。男子がいる共学ならまだしも、女子生徒オンリーの女子校では、パソコン操作を主体とするクラブは不人気なのだ。
 もっとも彼女たちは後継者不足を憂うどころか、広い部室を専有できて悠々自適という風情であるが。
「ミカお姉さま、来月『リトデビ』の新作コスメが発売されるようです」
 茶色がかったショートカットの乙女がくりくり眼を輝かせ、隣を向いて言った。
 彼女の手元にはノートパソコンが一台ある。ブラウザでウェブを散策していたのだろう。
「へぇー、耳寄り情報ね。URLをメッセンジャーで送ってちょうだい、ノエル」
 ミカと呼ばれた美貌の女子が、長い黒髪をかき上げた。目の前にはデュアルディスプレイがある。モニター横のミニタワー型デスクトップ本体とつながっていた。
「喜んで!」
 ショートヘア少女、ノエルは嬉々としてマウスをドラッグした。
 ミカの画面にポップアップが出て、URLが表示される。彼女はブラウザのアドレスバーにコピペした。立ち所に画面が遷移する。
 ハートマークの両端に、デフォルメした悪魔の翼が生えたロゴのコスメブランド『リトデビ』の公式ホームページだ。
「まぁ、明日から予約受付ですか。記憶にとどめておかなくては」
「ご安心ください、お姉さま。たとえお忘れになっても、あたしが覚えていますので」
 ノエルはセーラー服の胸元をゲンコツで『とん』とはたいた。
「うふふ。頼もしいわ。おかげで、ついあなたに任せっきりになってしまう。わたくしが年上なのに、形なしね。どちらが部長か示しがつかない」
「もったいないお言葉です。あたしなんて足元にも及びませんので。ましてやほかの有象無象など問題外。ミカお姉さま以外に、部長の大役は務まりません!!」
 ノエルの突飛な大声に、ミカは切れ長の目を丸くした。気を取り直し、左手でノエルの頭をいとおしげになでる。
 よしよしされた子猫よろしく、ノエルはこそばゆそうに目を細めた。
 ミカの指が、カチューシャの端っことニアミスする。そこには『リトデビ』のロゴマーク、悪魔の羽を生やしたハートマークの飾りがあった。
 髪の毛をすくミカの手首にもシュシュがはまっており、ワンポイントで同一意匠のハートがあしらわれている。
 姉妹品、もしくはペアグッズなのだろう。
「ありがとう。ただし『あたしなんて』というのは感心しませんよ。ノエルはわたくしを補佐する、立派な副部長ではありませんか」
 お姉さま……、とノエルは恍惚の面差しで、されるがままだ。
 余談だが聖カトレア女学院に下級生が上級生を「お姉さま」と呼ぶ風習はなく、二人に血縁もない。ノエルが自発的に採用しているのだ。
 ミカに対するノエルの接し方はある種、常軌を逸している。『親愛の情』などという枠では収まりきらず、教祖をあがめる心酔に近い。
 慕われるミカに百合属性がないので、一線を越えることはないけれど。
『特集です。今日は巷で話題のハッカー、〈きょすうりん〉について論じたいと思います』
 ノートPCとデュアルディスプレイの中間に、一台のスマートフォンが立てかけられていた。ワンセグ放送のワイドショーが映っている。
「あら。タレントのほれたはれたにしか焦点を当てない低俗番組かと思いきや、まともな社会問題をピックアップするのね。視聴率低迷の余波かしら」
 ミカは顔をほころばせて、スマホに意識を向けた。
 頭なでなでが中止され、ノエルは若干唇をとがらせる。
『本日はサイバー犯罪の権威をお呼びしております。ネットジャーナリストの小堺こさかいさん』
 女性キャスターに招かれ、画面の中にうだつが上がらない風体の中年男性が登場する。
「なんですかこのオヤジ。肩書きもめちゃくちゃうさんくさいし」
 ミカとのスキンシップを妨害した怨敵、とでも言わんばかりにノエルがねめつけた。
 特にミカも諭さない。プリーツスカートのまま、ニーハイを履いた華奢な脚を組んだ。
『よろしくお願いします。早速ですが、小堺さんは昨今台頭してきた〈虚数輪廻〉による一連の奇行をどうお考えでしょうか』
『どう、と漠然とおっしゃられても、返答に窮しますね』
 小堺は渋面になった。
「インテリぶったつもりですかね」なおもノエルは悪態をつく。「だいたい〈虚数輪廻〉って呼び方もどうかと思います。〈アビスルート〉のほうがファンシーなのに」
「この若手キャスターへの配慮じゃないかしら。一歩間違って噛んだら、放送禁止用語に抵触しかねませんし。お尻の穴を意味する、アヌ――」
「お姉さま、はしたないですよ。そんなスラング言ったが最後、おきれいなお口が腐り落ちてしまいますので、自重なさってください」
「肝に銘じましょう」
 ミカがいたずらっぽく唇に人差し指を当てた。
『〈虚数輪廻〉によって会社の不法行為、たとえば談合や脱税に贈収賄などが暴かれています。先日は社員へ長時間労働を強いる、ブラック企業が摘発されました。一部の間では弱者を救済する〝正義の味方〟ですとか、世直しを敢然と行なう〝義賊のハッカー〟との見方もあります。小堺さんの見解はいかがでしょうか』
 女性キャスターのセリフを傾聴していた小堺は、おもむろに口を開く。
『義賊、か。私からしてみれば笑止千万ですね。年齢・性別・構成人数ともに分からずじまいの正体不明ですけれど、便宜上「彼」と呼称します。彼は確かに企業の暗部を暴露したのかもしれません。ただし元をたどれば、彼自身のハッキングによって非合法に取得した情報、です。不正を断罪する者が不正アクセスでデータを入手する。こんな矛盾した与太話がありますか。つまるところ、愉快犯のたぐいですよ。しがないこそ泥だ』
「ふん、つまんない。知ったかぶりの妄言は聞き飽きた」
 ノエルがワンセグ放送を切ろうと手を伸ばした。
 ミカがノエルの手首をつかみ、首を振る。
 ほほ笑みかけられ、ノエルはうっとりとして身じろぎもままならなくなった。
『あと一つ訂正していただきたい。あなたは先ほどから再三「ハッカー」と口になさってますけど、正確には「クラッカー」です。元来ハッカーは温和で理知的。己の卓越した技術を悪用しません。サーバーをダウンさせたり、システムをクラッシュさせる下賤の輩はクラッカーと呼ばれます。〈虚数輪廻〉だか〈アビスルート〉だか知りませんが、彼のしていることは所詮、下賎な自己顕示欲の発露でしょう。高潔なハッカーと似て非なるものです。まがい物にでかい顔されては、本物たちの肩身が狭くなりますので』
 やや論点がずれた強弁に、キャスターがたじろぐ。
『え、ええ、はい。クラッカー、ですね。パーティーのときもサプライズで用いますし。不意打ちで鳴らされた日には仰天して』
『おもちゃのクラッカーと一緒くたにしないで欲しいな。そもそもの語源はですね』
 完全に脇道にそれだしたので、ミカはスマホのテレビを黙らせる。
「ナンセンスで貧困な着眼点だこと。視聴者の心証を度外視した、格式張る物言いも鼻につく。表現の一工夫で揺るぎない真実に化けることもあれば、陳腐な憶測にも成り果てるでしょうに」

√ √ √ √ √

〔続く〕

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喜田真(きだまこと)

喜田真(きだまこと)

凡才の小説家もどき。 コスパいいガジェットやフリーソフトに目がない。 趣味レベルでプログラミングも嗜む。 [詳細]