喜田真に小説の才能はない

執筆を楽しんで書き続けるプロ作家志望者のフロンティア

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サイバークライシス 34話

[悲喜こもごもの輪舞]⑤

『宍戸刑事を選ぶ、ということか。それほどまでに彼を慕ってると。ナナシ、目を覚ませ。君は艱難辛苦に身をやつした際、成り行きで手を差し伸べた彼に恩義を感じているだけ。それは見かけ倒しの信頼関係で』
「口先の切れが鈍いな、〈エピタフ〉。おまえの二枚舌に普段のさえがないぜ。それとも僕に天眼通が開眼しちゃった、とかだったりして」
『どういうことかな』
「誰のおかげで僕が辛酸をなめたと思ってる。忘れたとは言わさんぞ。そして勘違いするなよ。僕は宍戸を選んだわけじゃない。おまえが心底憎いだけだ」
『宍戸刑事は、君を弟の代わりに』
「だからどうした」
『なんだって?』
「こいつが僕をどういう目で見たって構わない。恋愛対象っつーのは困りものだけどな。弟を重ねて見るくらい、かわいいもんだ。『こいつでも、いっぱしに打算を働かせるのか』って目からうろこが落ちたさ。むしろ博愛主義にのっとって、僕を『正義の道へいざなう』とか思い詰められたほうが、ヘドが出るほどキショいね」
〈エピタフ〉は黙りこくった。
「僕にとって譲れないポイントは、僕を裏切るか否かだ。おまえは眉一つ動かさずに手のひらを返し、宍戸は僕を見限らない。どちらに軍配があがるか、一目瞭然だろ」
『宍戸刑事が裏切らない、という保証がどこにある』
「こいつに寝首をかくなんて大それたこと、できやしない。もし上から命令されたら『おまえをだまさなくちゃならないんだが』と律儀に相談してきそうだもの」
『そんなのは他力本願の希望的観測にすぎない』
「かもな。たぶん僕は信じたいんだ、こいつを」
 ナナシは大きく息を吸って、言葉を紡ぐ。
「〈エピタフ〉、おまえは誰一人として他人を信じない。常に疑ってかかる。だからこそ生き馬の目を抜くような裏稼業でも、頭角を現すことができるんだろうな。かつての僕はおまえに憧れたのかもしれない。ガキって、悪のカリスマとかに傾倒するじゃん。おまえは僕の中で、冷徹なダークヒーローの象徴だった」
『私は冷徹でも、ましてやカリスマなんかじゃない。厳格な規範に基づき、自らを律しているだけだ。それが「禁欲的」という虚像を描き出すのかもしれないが』
「おまえと離れてみて分かった。おまえは他者にも自分にも厳しい。ストイックなくらいに。でもきっとそれは他人のみならず、自分すら信じてないからだ。おまえはおまえ自身を嫌っているんじゃないのか。そうなった経緯は知らねーよ。でも僕には、おまえが自分も含めた世界を俯瞰して、シニカルに嘲弄してるように思えてならない」
『…………』
「僕も一昔前は似たところがあった。世の中なんて滅びればいい。僕もなんとちっぽけな人間だろう、ってことばかり考えていたよ。だから無意識にシンパシーを感じ、おまえとつるんでたんだと思う。でも宍戸と会って、僕は少し変わったんだ」
『どんなふうに』
「『この世界も捨てたもんじゃない』と思うようになった。『住めば都』ってやつかな。ゴミためにだって、きれいな花は咲く。前の僕は、それすらも意識の外に追いやっていた。腐った掃きだめにだって、ちょこっとくらい美しいものはあるだろ」
『私の瞳には……映りこまないな』

「だからさ、〈エピタフ〉。お互い、見えている景色が違うんだ。だから僕はもう、おまえと友人になれない」

 ナナシの三下り半に〈エピタフ〉は吐息を漏らす。
『分かったよ、ナナシ。私たちの接点が薄まってしまった、ということか。であれば認めざるを得ないな。今回は私の見込み違いだった。完敗だよ』
「『今回は』って、やけに持って回った表現だな」
『ああ。君と私がシンクロする日まで、決して音を上げない。ナナシ、万物に通ずる必勝法を知っているかな』
「絶対的な勝利なんてねぇよ。強いてひねり出すとしたら、『立ち向かわない』ことかもな。チャレンジしなければ、負けもないし」
『消極策だね。私はこう考える。不撓不屈こそが必勝パターンだ、と。勝つまで何度でも挑み続ければいいんだ』
 ナナシはうんざりした。
「大人なんだから敗北を真摯に受け止めろよ。『負けを認めないぞ』って暗に言ってるも同然じゃん」
『ふふ。近いうちにまた会おう。宍戸刑事、それまで彼が傷物にならないよう、保護をお願いしますね。悪い虫がつくのもいただけません。あなたの身の回りには、行儀作法のなってないあばずれが、こぞってたむろするようですから』
「おまえこそ極悪のバグだろうが。殺人未遂しておきながら、上から目線で注文をつけられると思ってるのか。そういう厚顔無恥でふてぶてしいとこが、大っ嫌いなんだよ」
 ナナシはあっかんべーの仕草をした。
『今度こそさよならだ、ナナシ。せいぜい君の夢でも見て、胸にぽっかり空いた空白と虚無感を慰めることにするよ』
〈エピタフ〉が通信を途絶させる。
「ったく、懲りないな、あいつ。スタンド能力でフルボッコにしてやりてーよ」
「俺の隣に――〈千里眼〉に残って良かったのか……」
 宍戸が消え入りそうな声色で問いかけた。〈エピタフ〉のねちっこい精神攻撃でめった打ちにされたのか、精彩を欠いている。
 煮え切らなくて歯がゆい。ミカがついいじめたくなる気持ちも、今ならば追体験できるかもしれないな。ナナシは嘆息する。
「〈エピタフ〉についていけ、ってことか。『疫病神を厄介払いできて、せいせいするぜ』とでも?」
 宍戸は激しく横に首を振った。
 年甲斐もなく幼いリアクションだ。これじゃどっちが年下か分からないな、とナナシは失笑する。
「あんたの弟さんの墓、どこにあるんだ」
 ナナシは脈絡なく尋ねた。
 恐らくミカならば、憔悴した宍戸を徹底して追いこみ、どちらがヒエラルキーの上位にいるか『刷りこみ教育』という名のしつけを施すのだろう。
 されど彼は筋金入りのサド少年ではない。
「俺の地元だが」
「あんたの実家って、人より牛の数が多い片田舎だろ。庭とかに、ホルスタインが闊歩してるなんつー牧歌的風景なんじゃ」
「失敬な。人口と牛の頭数は比肩してるだけだ。加えて俺んちは酪農やってないからな」
 目くじら立てる宍戸を眺めて、ナナシは思索にふけった。
 乳牛と人口が均衡している時点で、ど田舎だろうが。
 でも彼は紳士(自作自演)ゆえ、あえて揚げ足を取らない。
「ならあんたが帰省するときにでも、僕を連れてけ」
「そりゃあ構わないが、何するつもりだよ」
「どうかしてるな、あんた。こんだけ手がかりを散りばめたってのに、ピンとこないのかよ。『弟さんの墓参りする』って含みを持たせたんじゃないか」
 宍戸はのど元に言葉が詰まって出てこないらしい。
「『豆腐メンタルなヘタレ上司だけど、当分世話になるから』って伝えようかと」
 感極まったのか、宍戸は「おまえ……」しか口にできなかった。
 湿っぽいのは性に合わないので、ナナシはわざと蛇足を付け足す。
「問題があるとすりゃ、引きこもりの身空で、どうやって遠出しようってことか。あとあんたの出身地、最低限ネットにつながるよな。ダイアルアップ接続とか論外だぜ」
「時代錯誤極まりないぞ。今どきダイアルアップなわけあるか。駅前の一等地は当然ADSL完備だっつーの」
 ADSL程度で息巻く辺り、田舎者根性が染みついてるってこと、知覚してるのだろうか。やれやれ、先が思いやられるな。
 軽口できるくらい活力が湧いてきたのは良い傾向だけど。
「なぁナナシ、正直なところどうなんだ。〈エピタフ〉とよりを戻してやり直せば、おまえは思う存分ハッキングできるし、強い獲物とのバトルにも不自由しないんじゃないか」
「せっかく丸く収めたんだから蒸し返すなよ、阿呆め。そりゃあ〈エピタフ〉なら、僕が興奮できる舞台装置のプロデュースなんて、赤子の手をひねるも同然だろう。そういう才覚はずば抜けたものがあるしな」
「そんな嗅覚、俺にはないな」
 ナナシの解説を聞き、宍戸はしおれかけた。
「でもそれだと僕はあいつに、おんぶにだっこで暴れるってこったろ。オシメをつけたまま、いきがる赤ん坊と似たり寄ったりじゃん。クールと対極にある体たらくだ。そもそもノエルが啖呵切ってくれたろ。『敷かれたレールを走るだけの生き方に、どんな価値がある』ってな。あいつの狼藉はうざいけど、信念だけに関しちゃ僕も全面同意だね」
 宍戸の瞳にみるみる生気がみなぎった。
 ナナシはそれを確認し、念を押す。
「あー、それとも何か。あんたも〈エピタフ〉と同類で、僕らを手駒にしたいのか」
「とんでもない。俺にはおまえたちみたいな暴れ馬、到底乗りこなせないよ。ついていくのでやっとだ」
 ナナシは指で鼻の頭をかく。
「分かってるじゃんかよ。あんたはあんただろ。〈エピタフ〉じゃない。身の丈にそぐわない背伸びしようとせず、等身大の生き様を初志貫徹すりゃいいと思うぜ」
「俺らしくあれ、か」
 ナナシの激励に、宍戸は感慨ひとしおという感じでうなった。
「おまえに言われるのは、しゃくだぜ。にしてもノエルくん、すごいな」
「すげぇのは暴力女じゃない。僕だ」
「暫定的にせよ、こんなわがまま王子を改心させちゃうんだから。案外おまえは、ノエルくんみたいな女の子と結ばれたら、長続きして真人間になるかもな」

〔続く〕

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喜田真(きだまこと)

喜田真(きだまこと)

凡才の小説家もどき。 コスパいいガジェットやフリーソフトに目がない。 趣味レベルでプログラミングも嗜む。 [詳細]