喜田真に小説の才能はない

執筆を楽しんで書き続けるプロ作家志望者のフロンティア

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サイバークライシス 13話

[ノーネームの黎明期]④

 未知の対戦者のガードは固い。そして一つ一つのトラップが例外なく致死性を秘めている。一秒でも判断が遅れれば、一瞬でも二の足を踏めば、致命的な一撃でゲームオーバーだ。
 神頼み、運頼みで乗り切った罠も、一つや二つじゃない。生きた心地がしなかった。
 そして全貌が見えない。残りハードルをいくつ乗り越えれば、ゴールに到達できるやら判然としないのだ。情報不足が、これほど心もとないとは……。
 安請け合いするんじゃなかったか。よりにもよってボスクラスにデータなしで遭遇は、無謀すぎた。裸一貫で戦場に立つエセ兵士みたいじゃん。二度とやらないぞ。
 疲労困憊のほうほうの体で、僕はデータベースへ踏みこんだ。精根尽き果てて神経は摩耗し、あと一つ子供だましの罠があるだけで一巻の終わりだったかもしれない。
 データの中身を拝見する。
『nuclear weapon』
 おびただしい情報の羅列の中で、見過ごせない英文を見つけた。
 日本語に訳すと『核兵器』。
「これは……核ミサイルの発射コード!?」
 僕は名を伏せられた敵勢力の正体を悟った。
 というか、推理力を働かせるまでもない。核兵器を保有し、鉄壁の防備を固めている国家的機関ときたら世界広しといえど、ぐっと絞られる。

 アメリカ国防総省――〝ペンタゴン〟だ!

「〈影法師〉、拾い上げてくれ。ここはおふざけなんかで済まされないっ」
 僕の救援要請に応じたのは、まばらな拍手だった。
『ほれぼれする手並みだったよ、ナナシ。最奥までいけるなんてね。賭けは私の負けだ』
「んなことはどうだっていい。早いとこピックアップしろ。もたもたしてると捕まる!!」
『念のため知らせておくと、ペンタゴンに単独ダイブの成功例はない。君が初さ。惜しむらくは、ギネス記録に載せられないことかな。「世界の警察」を自負する超大国の沽券にかかわる不始末で、威信が揺らぎかねないからね』
 世間話然と、こいつは何をくっちゃべってる? どうして僕をすくい上げない。
『ただ、私だけはナナシの偉業を目の当たりにした。敬意を表し、秘密を二つ教えよう。第一に近ごろの君の横行は、目に余るものがあったね。中でもログファイルに書き置きなんてのは、いただけない。ストイックなハッカーのナナシはどこへいってしまったのか。できることなら時間を巻き戻したいくらいだよ』
「説教ならあとでしろ。今は――」
『これ以上凡俗に成り果てる君を見続けるのは私にとって、身を引き裂かれる責め苦に等しい。よって結論づけたよ。思い出は美しいまま海馬に封じておこう、とね。ゆえに一計を案じた』
 刻一刻と帰り道がなくなっていく。命綱がつく気配もない。
 僕の命運が尽きかけている。
『これだけは覚えていて欲しいんだ。私も苦渋の決断だったんだよ。ナナシを失うのが、どれほどの損失になるやら、数値に換算するのもままならない』
 ああ、そういうことか。遅ればせながら、〈影法師〉の真意を察した。国防総省のデータを盗んだり改ざんするのが目的じゃなかったのだ。
「僕を裏切って切り捨てるつもりか、〈影法師〉」
『僭越ながら、私の期待に背いたのは君だよ。ナナシには未来永劫、純然たるハッカーでいて欲しかった。君の堕落する様を見て、私の心は千々に乱れたよ』
「あんたの理想を僕にお仕着せすんな!」
『うん。私はいささか高望みしたのかもしれない。君を手駒の一つと認識してれば、こうまで落胆しなかったろうに』
「僕は何があろうと、おまえの人形にはならないぞ」
『分かっているさ。だからここで決別するんだ』
 議論は平行線をたどっている。僕とこいつは、相いれないものがあるのだろう。
『約定に従い、もう一つの隠しごとを伝える。私と親しい者は、私を〈影法師〉と呼ばない。みんなこう言うよ。〈エピタフ〉とね』
「〈エピタフ〉、だと?」
 HNを使い分ける、なんてのはネット界隈で日常茶飯事。でもなぜか胸が痛んだ。
『さようなら、親愛なるナナシ。もう会うことはないだろう。せめて君が安らかに眠れることを、切に願うよ』
〈影法師〉――もとい〈エピタフ〉が通信を断絶した。
 僕は脱力したようにキーボードから手を離す。
 何も考えられない。『脱出してやる』という意欲が湧かなかった。
 気力を奮い立たせ孤軍奮闘したところで、とうに逃げ道なんてないのだけれど。

 どれくらい虚脱状態にあっただろう。
 五分、十分? もしかすると一時間以上かもしれない。
 僕がほうけていると部屋のドアが荒々しく破られ、なだれこんだ捜査員に逮捕された。

√ √ √ √ √

 未成年であっても留置場にぶちこまれるらしい。
 僕は牢屋の中で、そんなことを考えた。
 簡易ベッドと便器があるだけの、息が詰まる室内。窓にも出入口にも鉄格子がはまっている。プリズンブレイクなどできそうにない。脱獄したところで、やりたいことなんてないけど。
 部屋の狭さは僕の精神をじわじわ蝕まなかった。かえってこじんまりのほうがいいくらい。
 きついのはパソコンがないことと、クラシック音楽を聞けないことだ。
 退屈で退屈で死にそうになる。あるいは留置場って施設、容疑者を手持ち無沙汰にして発狂させる目的で建造された拷問部屋かもしれない。
 僕も焼きが回ったな。たわごとほざいて感傷に浸るとは。
 あまりにやることがなかったので、僕はグッドアイデアを編み出した。
 音楽の再生装置がないなら、自ら奏でてやればいい。
 僕には〝声帯〟という楽器がある。なんぴとも、歌声までは奪えない。
 僕は記憶の中にあるメロディを頼りに、人体に備わった楽器でハミングした。
「ふーんふふふーんふふ ふーんふふふふーん ふふーんふんふんふーんふふ」
 ドヴォルザークの交響曲第九番第四楽章『新世界より』だ。

√ √ √ √ √

〔続く〕

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喜田真(きだまこと)

喜田真(きだまこと)

凡才の小説家もどき。 コスパいいガジェットやフリーソフトに目がない。 趣味レベルでプログラミングも嗜む。 [詳細]