喜田真に小説の才能はない

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サイバークライシス 27話

[エピタフからの刺客]⑫

 宍戸はたれた目をつり上げ、ミカの手をつかんで強引に立たせる。
 口論しているようだった。一方的に罵声を浴びせているのかもしれないが。
 しかしミカは頑として従う素振りをしない。
 それが彼のかんにさわったのだろう。宍戸が噛みつくようにミカの首筋に顔をうずめる。
 ミカも逆らったものの、男と女の膂力の差は歴然だった。なけなしの反抗もむなしく、宍戸の顔面がミカの胸の谷間へ降りていく。
「鬼畜なんだな。こいつってば警官なんだろ。ボクチンたちが見ている前で、堂々と女子高生を強姦だなんて……。見せしめにしたって外道すぎる」
 ひとでなしの所業に、さしもの太っちょ男も戦慄していた。
 一方で義憤に駆られた者がいたらしい。
 ノエルだ。
 彼女がミカを救うべく、宍戸の暴虐に対して行動に移す。ミカのもとへ駆けつけようとしたものの道半ばで、かなわなかった。もう一人の男、ナナシに羽交い絞めされたのだ。
 ナナシがノエルを押し倒して、馬乗りになる。マウントポジションで腹を押さえつけ、頭上に掲げさせた彼女の両手首を、片手で床に縛りつけた。もう片方の手でノエルのあごをつかみ、彼は顔を近寄せる。ノエルを拘束し、尋問しているらしい。
 状況から察するに、ミカの反逆に彼女も加担したかを、問い詰めているのだろう。
 ノエルはあごを押さえられながらも、懸命に首を横に振り、身の潔白を訴えている。
 ナナシは彼女の顔から手を離し、静かにノエルを見下ろした。
「思いが、通じたんだな。ノエルたんは無罪放免――」
 太っちょ男の安堵を一笑に付すかのごとく、ナナシはセーラー服のスカーフを抜き去った。おまけに上着を破ろうとする。
「このケダモノ、ノエルたんを陵辱するつもりなんだな」
 ノエル自身、身の危険を感知したのだろう。死に物狂いでナナシの拘束を脱しようと、手足をじたばたさせる。
 されど彼女のもがきは状況の好転どころか、悪化させる一助となった。
 往生際悪く反抗されてかんしゃくを起こしたナナシが、ノエルの細い首を絞め始めたのだ。今にも『ギチギチ』という耳障りな音が聞こえてきそうなほどの力のこめ具合。ナナシの眼は血走っている。
 体の陰でうかがえないものの、ノエルは血の気を失っているかもしれない。
「三流サスペンスじゃあるまいし、殺しはまずいでしょ。こいつら己を見失って、目先のことしか考えてないのかしら」
 銀髪女は冷静にコメントした。現実離れした展開で、かえって頭が冷えたのだ。
 されど猫も杓子も、彼女のように振る舞えるわけじゃない。逆に分別を欠く者だっている。太っちょメガネと丸刈りマッチョの兄弟のように。
「純真無垢な美少女を、死に至らしめるのは人類の損失なんだな」
 太っちょ男は目にも留まらぬ早業で、キーボードを打鍵している。
「水浴びして正気になれ。ジャスティスシャワーだな!」
 エンターキーをたたいて数秒も経たぬうち、会議室に雨が降った。
 スプリンクラーが誤作動で、水をまき散らしたのだ。ちょうど頭上にあるものだから、消火するためのシャワーがナナシを直撃する。
 水分によるショートを恐れたのか、円盤型の掃除ロボットが屋内を逃げ惑った。
 ナナシは何ごとかと思ったのか上半身を起こして天井を見上げ、手を止める。
 その隙をノエルは見逃さない。持てる力を振り絞り、男性にとって一二を争う急所――金的へとひざ蹴りを見舞った。
 これにはたまらず、彼の束縛が緩む。
 ノエルは小柄な肢体をするりと滑らせ、雨降りエリアの離脱に成功した。
「ブラボーなんだな。〈ノーネーム〉ざまあ。悪の栄えた試しはない」
 不正アクセスを働く自分らのことは棚上げし、太っちょ男は勝ちどきをあげた。
 突拍子もないスプリンクラー作動は宍戸にも効果あったようで、状況確認のため、ミカへの不埒な行ないが水入りしている。
 ミカは間隙を縫い、宍戸の腕に噛みついて脱出した。妹分のノエルと合流して命からがら、扉へ疾走する。
 でも彼女たちの逃走劇はここまで。ドアが閉ざされているのだ。
 ミカとノエルが必死に開かずの扉をノックした。
 ぬれネズミ状態のナナシは股間を押さえつつ、おぼつかない足取りで自分の席へ戻る。
「スプリンクラーや防犯カメラの制御系を、ハッキングで奪い返す腹かしら。兄貴ががっちりホールドしてるから、やるだけ無意味なのに」
 銀髪女が憐憫混じりに漏らす。
 宍戸は対の眼に憤怒をたぎらせた。ドアをたたく少女らに一歩、また一歩と距離を詰める。
「兄さん、なんとかして、なんだな」
 弟に哀願され、丸坊主男は親指を立てた。
 ほどなくして映像の中の扉が開く。
 少女たちは偶発的な幸運で顔を見合わせ、ノエルが先に部屋を出た。
「あとはミカたんが出た瞬間、カギ閉めれば完璧なんだな。室内を真空にできたら、この害虫どもをジェノサイドできるのに」
 兄と弟は固唾をのんで、ミカがノエルに続くのを待った。
 しかしミカは床に足が縫いつけられたのか、いっかな逃走しない。
「どうしたんだな。早くしないと、天然パーマの淫魔に追いつかれるっ」
 太っちょ男が悲痛な叫びをあげた。ノートPCの画面をつかんで、ミカを応援する。
 彼のエールは届かない。ミカは宍戸を正視したまま、微動だにしなかった。
 誘拐犯に気持ちが同調する『ストックホルム症候群』だろうか。〈八咫烏〉がミカの安否を絶望視したとき、奇妙な現象が起こる。
 宍戸が急に進行方向を変えたのだ。防犯カメラの方角に針路を取る。近づくや否や、奇怪な行動をした。
 カメラの真下で四つんばいになったのだ。
「この欲情デカ、性奴隷を一人失って気でもふれたの」
 銀髪女が軽蔑の一言をぶつける。あたかも虫けらに言い放つように。
 すると宍戸の背に、両足で乗り上げる者がいた。
「ど、どうしてミカたんが」
 太っちょ男の言葉通り、ミカだった。手にした男物のハンカチを広げ、己の手首にはまったシュシュを外す。ウインクしてゆっくり口を動かした。
 読唇術がままならない者でも、読み解けたろう。
『バ』『イ』『バ』『イ』
 それからミカはハンカチをカメラにかぶせ、シュシュで固定する。以降はカメラに、布地と図柄しか映らない。
「ど、どういうことなんだな」
 太っちょ男がノートパソコンの右斜め四十五度から手刀を食らわす。旧態依然とした回復術をもってしても、映像が回帰することはない。
「なんなのよ、これ!!」
 銀髪女がパニックに陥った。
 太っちょ男のどつきが巡り巡って災禍を招いた――なんてことはない。
〈八咫烏〉のフリーメールアドレスに、新着メッセージが届いている。
 メールタイトルは『無題』。送り主はミカだ。

『わたくしたち劇団〈ジュークボックス〉による旗揚げ公演で、オーディエンス参加型の演目「悲運な生娘と親切なハッカー」、ご満足いただけましたか。
 キャスト一同、迫真の演技ができたと自負しております。
 次回公演の予定は――わたくしとしたことが軽挙妄動でしたね。
〈八咫烏〉さまはがん首そろえて塀の中、ですもの。鑑賞できるはずがございません。
 それでは皆様ごきげんよう。
 檻の中で、平穏かつ心安らかな賢者タイムをお過ごしくださいませ。

 レディに過分な幻想を抱く、素朴で純情なジェントルマンに愛をこめて。
 かしこ』

 太っちょ男は放心したように、イスの背もたれにしなだれた。
 どれだけ鈍くとも分かる。ミカにだまされたのだ、と。
「ね、姉さん、またドジっちゃったんだな」
「悔恨なんてあとでいい。それより早くフォーメーションに戻りな!」
 抜け殻気味の太っちょ男と裏腹に、銀髪女の言動は切迫していた。タブレット端末をせわしなく操作している。
「姉さん、メールごときで何をうろたえて……」
 彼はミカの迷惑メールからハッキングの現場へ意識を切り替え、混乱した。
 ナナシが銀髪女単体へ襲いかかっている。
「ミカたんの真の狙いは、ボクチンたちの分断かっ」
〈八咫烏〉は、三人一組で仕事をこなすクラッカーだ。三人兄妹めいめいが最も適した役割を分担し、最効率のパフォーマンスを発現する。
 裏を返せば個々人でことにあたっては、分業にした本領が発揮されない。一人ひとりの能力は、神がかり的に秀でているわけではないのだ。
 他方でナナシは個人戦に滅法強く、向かう所敵なしといっても過言ではない。
 すなわちミカのもくろみは三文芝居で敵の注意を引きつけ、一対一の構図を作ること。この状況はナナシにとって、理想的な独壇場だ。
「くそ、殺られた」
 兄と弟が助勢する間もなく、銀髪女のアバターが制御不能になる。
「いくらこっちが不利とはいえ、〈ノーネーム〉め。水を得た魚みたいに張り切りやがって。さっきまでと別人の侵食力だぞ」
 彼女はタブレットのコントロールを取り戻そうと四苦八苦した。
 されど光明は見えない。意識が残ったまま、徐々に肉体をむさぼり食われる感覚。どちらが捕食者か、いや応なく思い知らされる。
「兄貴、愚弟、今のうちよ。端末を隅々まで乗っ取るわずかな間、ナナシは無防備になるはず。そこを二人で挟み撃ちして!!」
 銀髪女の奥の手を聞くなり、丸坊主男と太っちょ男は言葉なくキーをたたいた。

√ √ √ √ √

〔続く〕

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喜田真(きだまこと)

喜田真(きだまこと)

凡才の小説家もどき。 コスパいいガジェットやフリーソフトに目がない。 趣味レベルでプログラミングも嗜む。 [詳細]