喜田真に小説の才能はない

執筆を楽しんで書き続けるプロ作家志望者のフロンティア

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サイバークライシス 29話

[エピタフからの刺客]⑭

「じょ、ジョークに決まってるだろ。おまえは愛くるしい女子中学生だよ。山ごもりしたプロレスラーじゃないんだから、のどを潰そうとすんな」
 鼻歌できなくなんだろ、とナナシは独りごちた。
 ノエルは聞こえないふりをして、「はよしろ」と先を促す。
「〈八咫烏〉の底力の秘訣だよ。やつらの背後に増援がちらつく理由」
「どんな裏技を駆使してたの」
「フタを開けてみりゃ、裏技ってほどじゃねーよ。『コロンブスの卵』って感覚が近いかな。やつら、ハッキングツールを〝クラウド化〟してやがった」
「クラウドシステム?」
 ノエルの復唱に、ナナシがうなずき返す。
「頻繁に使用するハッキングコマンドを、ネットワーク上に保存しておくんだ。やつらは使いたいときにサーバーへアクセスし、入り用な命令文を呼び出す」
「クラウド化するメリットは?」
「特定端末のOSを、丹念にカスタムしなくて済むだろ。ネットにつながりさえすりゃ、どの機種だってクラッキングマシンに早変わりだ」
 ノエルが感嘆のため息を漏らす。
「デバイスに依存しない汎用ツール、ってことね。考えたな」
「汎用性といや、複数人で並列的に同じ命令コマンドを発行できるのも、利点の一つか。大元が共通だから、部品化したパーツの拡張や修正がしやすいし」
「〈八咫烏〉の手品の種が分かったところで、どう対処するのよ」
「改めてすることなんかねーって。やつらの現物、僕がごっそりいただいたからな」
 目が点になったノエルに対し、ナナシは饒舌に続ける。
「スクラップにするの、もったいないじゃん。使いどころによっちゃ転用できそうだし、後学のためとっておこうかと思ってな。リーダー格の女のアカウントを足がかりにして、こっちのサーバーへ移したんだ」
「しれっとトンデモ発言するのね、あんた。〈八咫烏〉の一翼を打ち負かすのと同時並行で、あいつらの所有物をかすめるなんて、口で言うほど簡単じゃないでしょ」
「そっかな。ネタさえ割れてりゃ、おまえでもひとひねりだと思うぜ」
 あんたみたいな化け物と一緒にするな、とノエルはささやいた。
「ところでノエル、頼みがあるんだが」
「『首絞めさせて』とかじゃないでしょうね。じゃなきゃどうせあんたのことだ、悪巧みなんだろうけど」
 ノエルは一芝居打った折、絞められた首をなでる。でもそこに圧迫したあざはない。
 ナナシは絞首に見せかけて、彼女の肌に手を添えただけなのだ。
「ぬふっ。おもろいこと言えるんだな、おまえも。それに勘が鋭い」
 ノエルは怒るべきか喜ぶべきか、態度を決め損ねた。
「頼みごとがあるなら早くしな。下ネタだったら、速攻で泣かせるからね」
「宍戸じゃあるまいし、僕が下劣な要求するわけないだろ」
「てめぇナナシ、人を『下ネタ製造機』呼ばわりしやがってからに。しかも敬称が略されてるぞ。『宍戸刑事』だろ。あるいは『宍戸さん』」
「ふんっ。JKの人間イスになってるやつに敬称なんてつけたくないね。言葉通り女の『尻に敷かれて』いるわけだ。僕からすれば凄惨な仕打ちで、ぞっとするぜ。マゾっけ満点のあんたには、極楽シチュエーションかもしれないけど」
「俺はドMじゃない!」
 なおもまくし立て続ける宍戸を、ナナシはシャットアウトした。ノエルに向かって一本指を立てる。
「おまえはどっちをやりたい? 一番、ミカとペアで〈八咫烏〉の残党狩り。二番、やつらの司令官である女の所在地を逆引きする」
 二本立ってピースサインになったナナシの指を、ノエルは見つめる。
「選択肢示したけど、あんたの顔に書いてるっての。美女のお尻を追いたいんでしょ」
「書いてるかよ! 僕は女嫌いで有名だし」
「どうだか。さっきあたしの服、マジ脱がししたじゃん。ってゆーか、どさくさ紛れにあたしの胸にタッチしたでしょ。ううん、なんかもみしだかれたような」
 ナナシが血相変えて反発する。
「ち、ちげーよ。あれはミカの指示で、痴漢予備軍になりきっただけです~。そして僕は絶対お触りなんかしちゃいない。つーか自意識過剰もそこまでくると、あっぱれだな」
「の割には、上ずった声でどもってるけど」
 重箱の隅をつっつかれて動じるナナシを眺めやり、ノエルは吹き出した。溜飲を下げ、身を翻す。一路、自己紹介をし合ったテーブルを目指した。
「本当に胸触ってたら、今ごろ半殺しだけどね」
「ほーらな、濡れ衣じゃん。これだから女は信用ならねぇんだ」
 ナナシがへそを曲げた。
 その様子も、ノエルにとってはコミカルでたまらない。
「ふふふ。からかって悪かったって。その分、仕事はきっちりするから。お姉さまとあたしのドリームチームにかかれば、クラウドって翼がないカラスなんて目じゃない」
「一番を選ぶわけか。一匹あたり何秒で片づけたか、測っとけよ。とろすぎたら、戦力外通告するからな」
「先輩風吹かしたって、あんたに人事権はないでしょうが。ってか品ぞろえ悪すぎ」
 ノエルは卓上のお菓子皿を物色していた。
「棒つきキャンディー、どうしてないのよ」
「あんな駄菓子は邪道だ。いい年した女がペロペロなめてると、いかがわしいしな」
「偏見がパないんですけど。全国のペロキャン好き女性に土下座しろ、マセガキ」
「誰がするか。僕は男の中の男だ。政治家ばりに頭は下げん」
 ナナシの強がりがノエル的にツボだったらしい。叱責する気がうせている。
「そんなもやし体型で、『男の中の男』なんてちゃんちゃらおかしいんですけど。いっぺん鏡の前でボディビルしてみたらどう。きっとガリガリ君が映るから」
 ノエルは皿の中からガムを取った。包み紙をはぎ、口の中へほうる。
「今回はこれで妥協してあげるか。次からはチュッパチャプスを常備しておくこと。棒つきのアメ噛むのが、あたしの気合いスイッチなの」
 ガムを噛みつつ、ノエルは自分の席についた。
「おまえの元気のもとなんざ知らねぇよ。暴力に拍車がかかってもめんどいし。あとな、何か欲しけりゃ宍戸にねだれ。やつが財布のひもを握ってる」
「お小遣い制のウルトラハッカーとか、超絶ダサい。〈ノーネーム〉に憧れたやつからすると、百年の恋も冷めるかもね」
 ノエルは上機嫌でキーをたたき、〈八咫烏〉の残存兵を根こそぎ追い詰めていった。

√ √ √ √ √

「ボクチンも討ち死に、なんだな。にしても、まさかシステムまでぶんどられるとは」
 太っちょ男のディスプレイに、『NO SIGNAL』の文字が踊る。
 虎の子であるクラウドシステムを略奪され、浮き足立った長兄と末弟は、間髪入れずに襲いかかってきた〈虚数輪廻〉の連携攻撃になすすべもなかった。
 従って丸坊主男もログアウトを余儀なくされている。
 こうして〈八咫烏〉によるクラッキングはあえなく失敗、という幕切れになった。
「ね、姉さん、どうするんだな」
「やばいっ。〈ノーネーム〉に逆探知された。兄貴、愚弟、ずらかるよ。足がつきそうなログはオールデリート!」
 銀髪女が切羽詰まった声音で撤収宣言した。
「ラジャーなんだな」
 太っちょ男はキータッチをスピードアップした。
 クラッキングツールの大半をクラウド化してあるため、端末に残した履歴は微々たるものだ。全消去に、さほど時間はかからない。
「オッケー牧場なんだな」
 太っちょ男の答えと同時に、丸坊主男が両腕で頭上に○印を作る。
「よし。『立つ鳥跡を濁さず』よ。ナナシとの決着は、リターンマッチでつけましょう」
 銀髪女が先頭に立ち、パソコンスクール教室の前方扉まで進んだ。接近し、ドアノブに手をかける。横にスライドした。
 しかし動かない。
 再チャレンジする――やっぱり開かなかった。
「こっちもおんなじ、なんだな」
 後方ドアまで走った太っちょ男が、封鎖されていることを報告した。
 前と後ろの扉が使用不能、四階なので窓からの脱出など論外。
 つまりここは〝密室〟になっているのだ。
「不具合かしら。〈エピタフ〉に問い合わせないと」
 銀髪女がタブレット端末を操作し、依頼主との連絡を試みた。
 幾度となくコールしても、〈エピタフ〉との通信が確立する気配はない。
「どうしたのよ。早く出て〈エピタフ〉」
 銀髪女がタブレットをシェイクする。振ったところでオンラインになるわけはないのだが、何かしていないと焦燥感が膨れ上がるのだ。
 のっぴきならない状況で、彼女は邪推した。
〈エピタフ〉は『出ない』んじゃない。〈八咫烏〉を逃走経路をふさいでピンチにするための『居留守』なのでは、と。
 なぜだ? やつとはつかず離れずやってきたではないか。
 彼女たちは一度として仕事でしくじったことはない。今回が初黒星だ。たった一回の瑕疵で縁を切る、というのか。
 もしくは成功報酬として幹部になることをねだったのが、やつの反感を買ったとでも?
 どっち道〈エピタフ〉は、〈八咫烏〉を窮地に陥れ、排斥するつもりに違いない。
「ひょっとしたら」
 銀髪女の勘が働いた。タブレットでクラウドシステムにアクセスを試みる。
 けどはじかれた。ナナシがログインパスワードを変更したらしい。
「あぁー、忌々しい。〝あれ〟って、うちらを消すための下準備だったのか」
「ね、姉さん、『消す』とはどういうことなんだな」
 弟に問われたところで、彼女も明言しかねる。『例のブツ』の輸送ルートさえたどれたら、何かしらの情報を得られたかもしれないけど。
 システムを強奪された今となっては、ときすでに遅し。推論を立証するすべがない。
〈エピタフ〉とリンクするより早く、部屋に変化があった。
 唐突に扉が開いたのだ。
 天の配剤か、と銀髪女は思った。次の瞬間、淡い期待でしかなかったのだと確信する。
 ドアからひょっこり顔を出したのは、天然パーマの刑事だったのだ。
「やあ、みなさんおそろいで。今日はツーリングでもするつもりだったのかな」
 警察手帳をかざす宍戸が部屋に入るなり、銀髪女が後じさる。
「出たな、JKの踏み台で恍惚デカめ。寄るな。汚らわしい」
「心外な通り名をつけるなっ。あれはおたくらを陥れるための、名演技だ」
 宍戸がのべつ幕なしに訂正を求めた。気分一新するべく、せき払いする。
「観念するんだな、〈八咫烏〉。不正アクセス防止法違反の現行犯で緊急逮捕する」
 彼の掌中にある手錠を見て、銀髪女始め三兄妹は戦意喪失した。

〔続く〕

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喜田真(きだまこと)

喜田真(きだまこと)

凡才の小説家もどき。 コスパいいガジェットやフリーソフトに目がない。 趣味レベルでプログラミングも嗜む。 [詳細]