喜田真に小説の才能はない

執筆を楽しんで書き続けるプロ作家志望者のフロンティア

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サイバークライシス 35話

[悲喜こもごもの輪舞]⑥

 ナナシは哀れみ混じりのまなざしを宍戸へ向ける。
「あんた、〈エピタフ〉に打ちのめされてどうかしちゃったのか。目が節穴通り越して、幻覚見えちゃってるぞ。大学病院で精密検査をおすすめするね」
「照れんなって。顔はかわゆいじゃん、彼女。もし結婚なんてことになれば、俺が仲人務めてやるから」
「頭ん中うじ虫わいてんな、あんた。いいか、ノエルはガチ百合でミカを愛しちゃってんの。どうして僕がカップリングの線上に割りこむんだよ」
 遅まきながら宍戸はエンジンかかってきたらしい。
「男嫌いは表明してないだろ。両刀使いって可能性も、なきにしもあらず。まだ望みを捨てるには早い。俺の見たところノエルくんは、一度ほれた相手にいちずで尽くす、良妻賢母タイプだね。十年後、いい女に成長するに違いない。将来有望な才女さ」
 今の時点では『いい女じゃない』ってことにならないか、ってツッコミをナナシは飲み下す。宍戸と無益な恋バナするより、確かめておくべきことがあるから。
 ナナシはイヤホンマイクを耳に装着した。再コールする前に、声を発してみる。
「おーい、ミカ。僕の声、届いてるか」
『はい、すこぶるクリアに』
 タイムラグなしで返答がきて、ナナシは少なからず面食らった。そして曖昧な虫の知らせが訪れたような気もするけど、源泉は判然としない。
「頼んでた〈エピタフ〉のアクセスポイントのトレース、どうだった」
『ギリギリのところで逃しました。日本の関東、までは特定できたのですが……』
 それもどこまで信頼置ける情報か、疑わしいところだ。用心深い〈エピタフ〉ならば、多重フェイクくらい軽くやってのける。
 ミカも心得ているだけに、報告がためらいがちなのだろう。
「やつは一筋縄ではいかない。そこまで調べられれば上々じゃねえの。もののついでにノエルもねぎらっておいてくれ。僕からより、あんたからのほうが感激するだろうし」
『そうでしょうか。ナナシんからの褒め言葉、別格だとわたくしは思いますが』
「宍戸といい、あんたまで何を言っているのやら。つーか、ノエルは会話に参加してないのか。後ろのほうで獣の雄たけびみたいなの、聞こえるんだけど」
『ああ、あれはノエルの奇声ですよ。破壊衝動を御しきれないらしく、ナナシんのお掃除ロボを追いかけ回しています。その様たるや「なまはげ」のごとし。うっすら角と牙が生えているようにも見えます。殿方には刺激が強いやもしれませんね』
 ミカのカミングアウトに、ナナシは恐れおののいた。
「な、なんであいつってば怒髪天ついてるわけ? 〈エピタフ〉の追跡が難航したから、とかじゃ――」
『それも一因ですけど殺気立つ最たる要因は、宍戸さんとナナシんの内緒話を漏れ聞いたからでしょうね。わけても、ナナシンとの純愛ゴールインの話題になったときは「あら、ゆでダコかしら」と思うほど赤面してましたし』
 ナナシのこめかみに冷や汗が伝う。
 悪い予感の正体が判明した。電話をつなぎ直すことなくミカと話せてるということは、宍戸とのうかつな押し問答が丸聞こえだったことを示唆する。本人目の前にして、『いい女』とか『嫁がどう』なんてしゃべくっていたのだ。
 穴があったら入りたい。
 どこからどこまで筒抜けだったのか問いただす前に、
『宍戸さんにも聞こえるようにしてください』
 言われるがまま、ナナシはしゃがんでイヤホンマイクの反対側を宍戸に近づけた。
『わたくしもお墓参りに同行してよろしいでしょうか』
「い、いいけど、何をなさるおつもりかな。俺の家、女の子にとって面白みのあるものなんてありはしないよ」
『うふふ、アオイくんの墓前に報告せねばと思い立ちまして』
 宍戸はかわいそうなほどテンパッている。
「弟に、何を知らしめるつもりだい」
『お兄さんったら無節操にも情欲の赴くまま、女子高生を辱めて耽溺なさっているのですよ。わたくしのプロポーションとフェロモンにうつつを抜かし、伸びた鼻の下が――』
 ナナシは迅速に手動で通信を切った。
「ファインプレーだ、ナナシ」
 宍戸が親指を立てた。
 呉越同舟――犬猿の仲であれ、人は危機感を共有すると強く結びつくという。瞬間、ナナシと宍戸の結束がより頑強になった。
 されども二人の絆を破砕するかのごとく、ミカから矢のような催促が入る。
 ほとんど怪奇現象に近い。
 ナナシは恐れをなして電源を落とす。通信端末を黙らせたところで開ききったパンドラの箱が、ふさがるわけじゃないのだけど。
 たけり狂う暴君少女ノエルと、狂気をはらんでコールし続けるヤンデレのミカ。
 ややもすれば失禁しそうになるホラー映像だ。魑魅魍魎の百鬼夜行だって避けて遠回りするに違いない。
「殺伐とした部屋に帰りたくねぇ~~」
 ナナシは頭を抱えた。
「右に同じ。俺、ミカくんにどんな仕打ちをされるやら」
 宍戸は〈エピタフ〉と対峙したときより顔色が悪く、土気色だ。
「なぁ、ミカが高校卒業する前に嫁さん――までいかなくても、恋人くらい作ったほうがよくないか」
「ヤブから棒だな。どうしてまた」
 宍戸に質問返しされて、ナナシは返事に窮した。
 ミカが未成年じゃなくなった暁に、宍戸の正妻に躍り出る未来がナナシに見えたのだ。関白宣言なんてのとかけ離れた、年下女に隷属を強いられる屈辱的な生き地獄。
 想像するだけで身の毛がよだつ。
 けれども宍戸に警鐘を鳴らして悪夢を回避できたとしよう。では次に餌食となり、憂き目を見そうなのは誰か。
 考えるまでもない。順当にいけばナナシだ。
 もろもろ考慮し、彼は警告しないことにした。
 宍戸を人身御供に据え――もとい、美少女と恋仲になるチャンスをふいにするなど、唐変木すぎる。ナナシは危険に敏感で空気を読めるナイスガイ、のはずなのだ。
「なんでもない。意識が朦朧として、変なこと口走っちゃった」
 そうか、と宍戸は腑に落ちない面持ちをしている。
「あんたの未来は明るい。僕が保証する。人間、どんな地獄でもたくましく生きていけるんだ。あんたは家庭的なバイタリティ、人一倍っぽいしな」
 ナナシのどっちつかずのエールで、宍戸は己を納得させることにしたらしい。
「ナナシ、肩を貸してくれないか。部屋まで松葉杖の代わりを頼む」
「えー、なんで僕が」
 と言いつつ、ナナシは宍戸の脇に潜りこむ。
「重たっ。あんた、見かけによらずデブってんな」
「俺が肥満なんじゃない。おまえが非力なんだ」
 宍戸はナナシの肩に寄りかかりながら歩いた。
「特段パワフルじゃなくていいんだよ。キーボードたたくのに、怪力なんていらねぇし」
「ハッキングには不要かもしれんが健康面を考えると、そうも言ってられんだろう。いつまで経っても、目の下のくまが消えないぞ」
「これは体の丈夫さとは関係ない! 頭脳労働のたまものだっての。根本的に解消したきゃ、あんたが仕事量を調節するんだな」
 ナナシは横目でねめ上げ、吠えた。
「クラッカーの出方次第ってこともあるだろう。犯罪は俺たちの休息を、おもんぱかってくれないからな」
「そこをいみじくもやりくりするのが、あんたの腕の見せどころじゃないのか」
「うぐっ。痛いとこをつくな。しゃーない、本腰入れるか。アオイの墓参りイベントも、早めにやっときたいしな」
 宍戸の切り返しに、ナナシは目を細くする。
 このろくでもない天然パーマ男といるとエンドレスで雑用押しつけられるけど、忙殺されるおかげで多種多様な誘惑や邪念にとらわれなくて済む。
 かしましい新メンバーも増員し、〈千里眼〉はますます騒がしくなるだろう。
 本心としちゃ、にぎやかなのはナナシの好みじゃない。
 けどたぶん良くも悪くも、これから戻る巣窟が彼の居場所――よすがとなってることは想像にかたくなかった。
「へんっ。僕も全然本気出してねぇし」

 ナナシは宍戸と肩を組みつつ、居心地のよい伏魔殿へ戻っていった。

〔了〕

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喜田真(きだまこと)

喜田真(きだまこと)

凡才の小説家もどき。 コスパいいガジェットやフリーソフトに目がない。 趣味レベルでプログラミングも嗜む。 [詳細]