喜田真に小説の才能はない

執筆を楽しんで書き続けるプロ作家志望者のフロンティア

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サイバークライシス 22話

[エピタフからの刺客]⑦

「で、ナナシんの嫌いな人は?」
「――え、ああ。〈エピタフ〉とこいつ」
 ナナシは頬をさすりつつ、宍戸を指さした。
 宍戸は背後を顧みて、壁しかないことを悟る。
「俺なの!? おまえ、恩知らず極まりないな。俺がどんだけ面倒見てやったと」
「こういう『おまえを育ててやった感』が、無茶苦茶腹立つんだ。僕はあんたなしでも、万事やっていけたさ」
「一人だと近所のコンビニへ買い物にも行けない分際で、よく大口たたけるな」
「あんたは『ネットショッピング』って文明の利器を知らないのか。部屋から一歩も出ずとも、生活に支障ないっての」
 更に異論を重ねようとした宍戸を、ミカが手で制止する。
「宍戸さん、イエスかノーでお答えください。あなたは同性愛者ですか」
「んなわけあるか。俺は至ってノーマルだ! 女子が大好物。たとえば君みたいな――もとい、黄緑色の似合う娘とか」
 ミカを引き合いに出そうとして、宍戸は発言を不自然にねじ曲げた。
 ノエルがつぶらな瞳に尋常でない眼光をたたえ、凝視したからだろう。
「ふむふむ。ひとまず未曾有の危機は避けられましたね」
 かてて加えて、ナナシがノエルと同レベルということも発覚した。
 嫌よ嫌よも好きのうち。言った当人たちは、身に覚えがないようだが。
「ではナナシん、好きなタイプは?」
「いない」
「『イナイ』さんですか。前衛的なお名前だこと。どんな容姿をしていらっしゃるの」
「該当なし、って意味だよ。つーかあんた、分かっててやってるだろ」
 ミカはちょろっと舌を出す。
「面はゆくて、公然と打ち明けにくいのですね。お姉さん、心配りが足りませんでした。いいでしょう。選択肢で絞っていくことにします」
「だーかーら、なんでそうなる」
「年下と同い年と年上、どれが好みかしら」
 ミカにとってナナシの反論は児戯に等しい。聞き流すなどお手の物だ。
「……年上」
 不満げながら乗ってしまうナナシにも幾ばくか、ミカを増長させる非があるのだろう。
「ここでノエルは脱落、と。残りはわたくしと宍戸さんの頂上決戦ですね」
「僕の交友関係が、この中で完結していると誰が決めた!!」
「違うんですか?」
 ミカに注目され、ナナシは視線をそらした。
 図星だったのだろう。そしてもう少し角度が変わっていれば、意気消沈気味のノエルも視界にとらえられたに違いない。
「わたくしと宍戸さん、どちらがよろしくて」
「アホくさ。僕が男を選ぶと思うのかよ。そもそも僕の保護者と筋違いする野郎に至っては、『NG』を表明したばっかだぞ。舌の根も乾かぬうちに前言は撤回しない」
「にべもないってか、かわいげねーな。俺だって指名されても大ヤケドだっての。質問の前提からして、ピントがぼやけてるんじゃないか」
「ならばウィナーはわたくしですね。ナナシんはわたくしを慕っている、と。お気持ちは至極光栄ですよ」
 男どもの非難などどこ吹く風で、ミカが凱歌をあげた。
 彼女を取り巻く一同がぽかーんとする。
「お、お姉さま!?」
 ノエルは慌てふためき、立ってイスを蹴倒した。
「でもごめんなさいね。わたくしはまだ自分しか愛せないのです。わたくしの好きなタイプは、わたくし自身なので」
 ナナシの鈍重だった思考回路が、やっと正常稼働したらしい。
「あ、あんたな……。なんで僕が告白して失恋した、みたいな体になってんだ」
「だってわたくしを選んだでしょう。誠意を持って答えねば、女の株が下がりますし」
 ナナシが何か言う前に、ミカが合掌する。
「あ、そうだ。ついでに嫌いなタイプも申し上げましょう。真の意味でわたくしには嫌悪する相手がおりません」
「ここにきて優等生ぶるつもりかよ」
「いいえ、ナナシん。正確には嫌うほど他者に関心がないのです。わたくし以外の人間がどこで野垂れ死のうと、どうでもいいと申しますか」
「ナルシストの究極形態だな。手の施しようがない」
 ナナシがあきれる横で、ノエルは暗澹たる面持ちだった。
「お姉さまは、あたしにも興味がない……と」
「ノエルは特別です。いわゆる『永久欠番』とでも言えばいいかしら。とにもかくにも、大勢の朴念仁と次元が違います」
「このマセガキは?」
 ノエルが振ったナナシを、ミカが注視する。
「う~ん。弟みたいなナナシんは『番外』という感じでしょうか」
 一転してノエルの表情が華やぐ。
「あたしだけ特別――ありがとうございます、お姉さま!」
 ルンルン気分でイスを元通りにし、座り直した。
「君って存外、ちょろい女の子なんだな。箱入り娘の弊害か」
 ぼそりと漏らした宍戸の独白を、ミカは聞き逃さない。
「ねぇ宍戸さん。余計なことを吹きこまないでもらえるかしら。わたくしたちの友愛に亀裂が入ったら、どう責任取ってくださるの」
「確執が生まれたとしても、原因は思わせぶりな君にあるんじゃ」
「うふふ。宍戸さん、お仕事が終わったら二人きりで教育的指導――ではなく、わたくしたちの行く末について、きっちり話し合いましょうか」
 ミカは口元をほころばせながらも、目が据わっていた。
「いえ、先入観で物を言いました。どうぞ続けてください」
 宍戸は戦略的撤退したらしい。
「ではそういたしましょう。ナナシん、以上で分かりましたか。皆好き嫌い一つとっても一様でない、ということが」
「話が飛躍したな。全く意味不明だが」
 ミカはナナシに顔を近寄せる。
「わたくしとナナシんは別の人間、ということです」
「当たり前だろ。性別だって僕は男で、あんたは女。というか、僕らの共通点を模索するほうが、よっぽど難問じゃねーの」
「でもナナシんは『スーパーハカー測定器』で陣頭指揮をとった際、わたくしとノエルのペアをまとめて同一視しましたよね」
「心当たりないね。あんたらを何と混同したっていうんだ」
「人工知能――というかナナシん自身、でしょうか」
 ミカの答えでナナシは黙った。思い当たる節があるらしい。
「ナナシんは、誰かと共同でクラックした経験ないですよね」
「んなことない。エピ――ここのフィクサーSと組んで、もろもろやった」
「宍戸さんはハッカーじゃありませんもの。ノーカウントです。彼とはこなす役割をすみ分けているでしょう。犯人逮捕が宍戸さんで、ハッキングはあなたの領分」
 うっ、とうめいたきり、ナナシは口をつぐむ。
「未経験だからこそ、ナナシんはわたくしとノエルの扱いに戸惑い、自らの手足のごとく使うことにした。けれど誤算が生じる。自分の思い通りに動かない、という認識のズレです。己の分身であるはずのわたくしとノエルが、あなたの期待値に遠く及ばなかった。そしていらだちが募る、という負の連鎖に突入します」
 ミカの言葉にナナシを始め、全員が聞き入っている。
「だからわたくしは、ありふれた表現なのを承知の上で使いました。『わたくしとノエルは、あなたと異なる人間です』と。そこさえ意識すれば、ナナシんのリーダーシップは劇的に改善すると思いますよ」
 ミカがにっこりほほ笑む。
「ではお姉さんが、クイズを出題しましょう。わたくしとノエルは、どういう系統のハッカーですか。ありのまま述べてください」
「あんたは宍戸と同種の参謀タイプ。アナライズとプランニングにたけた、策士だ」
「ノエルは?」
「こいつは僕と似たにおいがする。トレースとアタックに突出した、狩人タイプ――いいや、猟犬って感じかな。僕より向こう見ずで直情径行、特攻させたら右に出る者がいなそうだし」
「マセガキ、あたしを褒めたのかけなしたのか、白黒つけろ」
 狂犬よろしく『グルル』とうなりかけたノエルを制するように、ミカが手をたたく。
「エクセレント。ナナシんはやはり、わたくしが見込んだ弟です」
 けれんみのない拍手で、ノエルとナナシは毒気を抜かれたらしい。
 宍戸がひざをたたく。
「いやはや、おみそれしたよ。まさか合コンの導入から先の反省会につなげるとはね。聡明な君たちを味方につけて正解だったな。俺に紅茶を出すかいがいしさがないってのは、マイナス査定だけど。それもそつなくこなせば、俺は骨抜きだったかもね」
 ミカが小悪魔ふうに言う。
「その事態を危惧して、わざと振る舞わなかったのです。高校生のわたくしにぞっこんだと、宍戸さんの出世に響くでしょうし」
「どう見ても後付け設定です。本当にありがとうございました。ってか俺は昇進なんぞとっくに見切りつけてるし、君にほれたとあっちゃ降格程度で収拾つかないよ」
「司法で裁きを受ける前に天罰が下るだろう。お姉さまに劣情を催す罪深い器官など、あたしがちょん切ってやるからな」
 ノエルがブイサインをハサミに見立てて閉じると、宍戸は股間を両手でガードした。
 ナナシとミカがつられて笑う。
 そんなほのぼのムードに水をさす音が鳴った。
「メールの着信、か」
 ナナシが中座して、パソコン机へと移動した。新着メールを開き、文面に目を通す。
「果たし状とは古風なことをするな。しかも〝あいつ〟絡みとは、実にそそるね」
 休憩で弛緩していた彼の表情に、破滅的な影がさす。
「待望の復讐劇第一章、はじまりはじまりだ」

√ √ √ √ √

〔続く〕

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喜田真(きだまこと)

喜田真(きだまこと)

凡才の小説家もどき。 コスパいいガジェットやフリーソフトに目がない。 趣味レベルでプログラミングも嗜む。 [詳細]