喜田真に小説の才能はない

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サイバークライシス 21話

[エピタフからの刺客]⑥

〈エピタフ〉から指定された場所は雑居ビルの四階角部屋、近日オープン予定のパソコン教室だった。PC設置及び室内の工事は、完了済みらしい。
 大学の講堂のような趣で、長机が並んでいる。全部で三十席というところか。
 正面にはホワイトボードと、ボタン操作で昇降する投影スクリーンがひとそろえある。壁をL字に連なる窓にはブラインドが下りきっていた。
 ライダースーツをまとう銀髪の女性が鼻呼吸する。
「新築特有のにおい、かな」
 ホワイトボードに〈エピタフ〉の伝言が記されている。
『無線LANは接続済みで、ネット速度も申し分ない。お好みのマシンを使ってくれ』
 屋内の机上にあるPCは総じて起動しており、「よりどりみどり」と言わんばかりだった。空冷ファンの駆動音が至る所でハーモニーを奏でる。
〈八咫烏〉の長兄、丸坊主男が最前列窓際席に腰かけ、デスクトップのマウスを操る。OSがプリインストール状態で、ハードディスク内はまっさららしい。
「じゃあボクチンは後ろの席がいいんだな」
 末弟の太っちょ男が、最後尾の真ん中席にどっかと座った。冷房が物足りないのか、ハンドタオルで額の汗を拭きつつ、ノーパソのタッチパッドに指をはわせる。
「WiーFiの割に高速回線なんだな。姉さんのタブレット、電波の感度はどうにょろ」
「良好よ。〈エピタフ〉の仕事はスピーディーで、至れり尽くせりね」
「実験がてら『スーパーハカー測定器』やってみないか、姉さん」
 銀髪女が太っちょ男に背を向け、室内の中央席に着座する。
「久々ね。準備運動にはもってこいかも。兄貴もいい?」
 丸坊主男は親指でサムズアップした。

 ――五一秒。
〈八咫烏〉の三人がゴールするまでの所要時間である。
「【メテオストーム】かぁ。一発目だからもたついたのかな。いつもは四十秒台で【ソニックブーム】なのに」
 銀髪女がほぞを噛んで、つぶやいた。
 太っちょ男が姉をなだめる。
「ランクなんてお飾りなんだな。勝とうが負けようが、目安でしかない」
「軟弱ね。負け続けの人生なんて価値あるのかしら。うちはまっぴらゴメンだけど。ま、念には念を入れとくか。兄貴、システムの稼働状況をウォッチしてちょうだい。サーバーに負荷がかかりすぎて、スコアが伸び悩んだのかもしれないし」
 銀髪女に請われ、丸坊主男は無言でキーボードの打鍵を始めた。
「姉さんは気丈なくせに慎重すぎなんだな。ところで昨日〈エピタフ〉の傘下に入る打診して、よかったのか。外堀を埋めてからじゃないと、不信感抱かれるおそれが」
「浅はかね。権謀術数と舌先三寸で押し切ることに定評のある〈エピタフ〉よ。うちらの企ては露呈するに決まってる。遅かれ早かれ、時間の問題。機が熟するのを待ってたら、崖っぷちで袋のネズミになるでしょうね」
「やっぱあいつの権勢を簒奪なんて野望は、大それてたんじゃ」
 太っちょ男は所在なくメガネのフレームをいじくった。
「気骨がありゃ、なんとかなるっしょ。あんたさ、横の幅と反比例して、ケツの穴の小さな男よね。そんなんじゃ女の子にモテないっての。父さんも含めて、うちの男どもは弱腰ぞろい。だからうちがあの女狐と駆け引きしなくちゃならないんでしょ」
「め、面目次第もないんだな」太っちょ男が萎縮しかけた。「うええっ、女狐!? ってことは〈エピタフ〉、女性なの?」
 銀髪女が振り返り、ジト目を向ける。
「愚劣ね。んなことも知らないの」
「いやいや、そんな情報どこにもないんだな。ソースはどこだし」
「女の勘よ」
 銀髪女に即答され、弟は絶句した。
「口調とかも演出が行き届いてるけど、同性の目はごまかせない。ありゃあ絶対女だね。年はうちとタメくらい。粘着質で嫉妬深く、ショタコンをこじらせている」
「な、何をもって『ショタコン女』と」
「今回の件であいつ、警察が邪魔くさいとか言ってたじゃん。あんなの狂言よ。昔捨てた男のカムバックが、業腹なだけでしょ」
「『昔捨てた男』って、よもや」
「ナナシよ。ガキに拘泥しちゃってさ。悪趣味ったらない」
 毛嫌いをオブラートに包むことなく銀髪女が言った。
「姉さん、〈ノーネーム〉は高校進学すらしてないこわっぱなんだな。いくらなんでもへ理屈がすぎるんじゃない」
「だからあんたは一生童貞なのよ」
「一生とか、決めつけんなし!」
 太っちょ男の猛反発など、銀髪女には馬の耳に念仏だ。
「目の上のたんこぶはポリスメンじゃない。〈ノーネーム〉なの。あいつこそ〈エピタフ〉のウィークポイント――」
 皆まで言わず、銀髪女は押し黙った。
〈エピタフ〉にとって彼は、重い腰を上げ、戦力を割くに値する存在。いわば〝弁慶の泣き所〟ではあるまいか。首元へ冷たい白刃をつきつけるために、不可欠なパズルピース。
「ナナシを配下に収める者が、〈エピタフ〉を玉座から引きずり下ろせる、か」
 銀髪女は右の手のひらで小さな顔面を覆い尽くし、くぐもった笑いをした。
『システムは別段異常なし。ゴールまでの到達が平均時間を下回ったのは、マシンになじんでいないことが遠因と思われる』
 銀髪女のタブレット画面に、メッセンジャー経由の伝言が浮かび上がる。
 発信者はスキンヘッドの長男だ。
「ご苦労様、兄貴。二人とも聞いて。今度の任務の追加オーダー。〈ノーネーム〉を生け捕りにしましょう。それこそうちらが一発逆転、成り上がるための近道だと思うから」

√ √ √ √ √

「お互いの癖や人間性に無知だから、連携がちぐはぐになるんだ。腹割って話せば、噛み合いもするだろ」
 宍戸はこう提案したのに、なぜか会議室はお茶会の様相を呈していた。
 長机に並べられた人数分の紅茶とスイーツ。
 急遽の話だったので菓子はナナシの備蓄品を流用した。よって彼は渋い顔で元を取るべく、私物をありったけ頬張っている。
「宍戸さんにしては、ナイスアイデアでした。心ゆくまで語らいましょう」
 ミカがホスト役を務めた。
 ちなみに座席はミカが上座で、隣がナナシ。彼の横がノエルだった。
 宍戸はナナシのまん前に座ったものの、彼だけ紅茶がない。
「まずは自分の好きなタイプと嫌いなタイプを順々に発表、という趣向にいたします」
「ちょいタイム。俺は君たちに『合コンをしろ』と勧めたわけじゃない。あと俺にお茶がないのは、どういう風の吹き回しかな」
 宍戸がたしなめた。
 ミカは紅茶お預けに関してスルーの方針でいく。
「わたくしも合同コンパなど企画した覚えはありません。この期に及んで互いの技術を論ずるのは、能がないかと思いまして。だってわたくしたちは敵味方に分かれて一度、手合わせしております。それで双方の技量については、あらかた把握してますので」
「ふむ。行き当たりばったり、ではなさそうだな。分かったよ。君のやり方に任せよう。なるたけ俺は聞き役に徹する」
 宍戸が譲歩したので、改めてミカは話題を振った。
「ではノエルから発表どうぞ」
「はい、かしこまりました。好きなタイプはミカお姉さま。嫌いなのはお姉さま以外の、やおよろずに及ぶクズどもです」
 ノエルの回答が極論すぎたせいか、ナナシは菓子皿に伸ばす手を止めた。
「わたくしの拡大解釈かとも思っていましたけど、たまにあなたの愛が重たいわ」
「いえ、あの……違うんです。お姉さま」
 ノエルはミカへの障害であるナナシの頭を押さえつけ、命乞いに近い声を発した。
「好きなのはお姉さま一択ですけど、嫌いなのは――そう! こいつです。このマセガキが、あたしの大嫌いなやつです」
「う~ん。あなたは視野を広くしたほうがよさそうね。あと気配りも勉強なさい」
 ミカの説教じみた一言でノエルはしょげかえった。
 見るに耐えなかったのだろう。ナナシが無言でポッキーを差し出す。
 ノエルは条件反射っぽくかじりついた。ナナシの指さえ食いちぎるほどに。
 ミカとしてもノエルを悄然とさせたかったわけじゃない。ただし今回の趣旨は、ミカたちとナナシの折り合いをつけること。ノエルが彼を突き放しては、元も子もない。
 ノエルは利発な女の子だ。いずれミカの真意も察するだろう。
 彼女はそう割り切り、ナナシを矢面に立たせる。
「じゃあ次はナナシんね」
「はぁー、七面倒くせぇ。とりあえず嫌いなタイプから。僕は大人だから、誰かさんみたいに指さして『おまえ』とは言わないぜ」
 ナナシが当てこすりっぽくノエルを見ると、彼女のやけ食いが加速した。
 すでに菓子皿が枯渇しかかっている。
「この飢えた暴力女が。僕の食料だったんだぞ。がつがつしやがって。少しは気兼ねしろよ。贅肉まみれのメスブタになっても知らないからな」
 ノエルがティッシュで口元を拭きつつ、空いた手でナナシのほっぺたをつねる。
「生意気言うのは、この口かしら。女子に向かって『ブタ』だなんて。暴言を飛び越えて極刑に値するぞ、マセガキ」
「イダダダダ。離せよ、暴力女。ほっぺがちぎれるって」
 ナナシは半べそかいた。
「ノエル、やめなさい。ナナシんが頬肉だるんだるんのブルドッグになります」
 ミカに諭され、ノエルのつねりアタックが終息する。

〔続く〕

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喜田真(きだまこと)

喜田真(きだまこと)

凡才の小説家もどき。 コスパいいガジェットやフリーソフトに目がない。 趣味レベルでプログラミングも嗜む。 [詳細]