喜田真に小説の才能はない

執筆を楽しんで書き続けるプロ作家志望者のフロンティア

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サイバークライシス 26話

[エピタフからの刺客]⑪

「ねぇ愚弟、〈ノーネーム〉の手応え、途中から変わらなかった?」
「そうかにゃ。ボクチン、あいつとの鬼ごっこは片手間だから、違和感なかったんだな」
 気のせいならいいんだけど、と銀髪女はフリック入力で回避コマンドを発行する。
「兄貴とあんたのサイドビジネス、進捗具合はどうよ」
「とりま、警報装置は押さえて無効化したんだな。警備会社に介入されたくないし」
「ええ。横やりなんてノーセンキュー――」
 銀髪女は言葉を区切った。
 仕事で用いる使い捨てのメアドに、新着メールが届いたのだ。
「野暮ね。人がお楽しみのときに」
 タイトルは『ヘルプミー』。いかにもスパムっぽい。
 検疫ソフトでスキャンしたものの、不正プログラムの因子は検出されなかった。
 読まずに捨てるべきか。
「助けを呼ぶ女の子の、ふくいくとした香りがするんだな」
 銀髪女が逡巡するうちに、ウェブ上で太っちょ男がメールを開封したらしい。

『〈八咫烏〉さま。
 わたくし〈アビスルート〉を名乗っておりました片割れの、ミカと申します』

 冒頭二行で、銀髪女は度肝を抜かれた。差出人が本物であれば、現在クラッキング中の敵がひそかにアプローチしてきたことになるではないか。
 続く文章は、

『わたくしたちは下手を打ち、逮捕されました。
 ろくに取り調べもされず、強制連行された先が今いる場所なのです。
 わたくしは表向き、ナナシのハッキングをサポートする奉仕活動を担っております。
 さりとてそれは名目。
 わたくしたちが現役の女子高生と女子中学生だからでしょうか。
 公僕の下した仕打ちは過酷なものでした。
 実態は有り体に言って「娼婦」です。
 わたくしと学友のノエルは、ナナシたちのリビドーのはけ口――慰み者とされています。
 わたくしは〈虚数輪廻〉の主導的立場ですから、どんな扱いでも自業自得でしょう。
 しかし未来ある女の子の貞操までいたずらにもてあそばれるのが、不憫でなりません。
 なんとか彼女だけでも救いたいと一大決心した矢先、千載一遇の好機が訪れました。
 誰あろう〈八咫烏〉さまです。
 わたくしの見立てだとナナシは風前のともしび。胸がすきました。
 あなた方のほうが有利であることは、自明の理です。
〈八咫烏〉さまの行きがけの駄賃で構いません。
 不遇なノエル一人で結構ですので、どうか助けてあげてください。
 かつて〈エピタフ〉を信奉していたよしみで、手を貸していただけませんか。
 なにとぞよしなにお願いいたします。

 追伸 こちらから合図を送れるよう、監視カメラの解除キーをお伝えします』

 容疑者の後ろ暗さにつけこみ、売春を強要。これが真実だとすれば、公安組織の存在意義を根底から覆しかねない大スクープになる。
「なーんてね。はんっ。怪しさフルスロットルだっての。こんなありきたりなお涙ちょうだいに感化される愚か者なんて――」
「ふんがー」太っちょ男が吠えた。「美少女をおかずにするならまだしも、性奴隷にするとは断じて許すまじ。ボクチンが正義のヒーローになってやるんだな」
 頭の中がお花畑のおめでたいやつが、いた。それもごく身近な近親者に。
 銀髪女が落胆混じりにいさめる。
「あんた、ちっとも成長してないのね。誰が莫大な身銭を切ってまで刑務所入りを水に流したのか、言ってご覧なさい」
 太っちょ男は一年前、警察の厄介になったのだ。未成年児童の操を売買した容疑で。
 相手は女子中学生だった。彼女はしたたかで「シングルマザーの貧しい家計を支えるため、やむにやまれず援助交際している」と言って回っていたらしい。
 太っちょ男は彼女の手練手管にはまり、同情した。そして肉体関係なしに、せっせと生活費を貢いだのだ。気分は『親身な足長おじさん』だったのかもしれない。
 やがて彼女の方便は露見し、女子中学生の客が一斉検挙される運びとなる。そして不運にも、太っちょ男にまで累が及んだのだ。
 性行為に至っていないとはいえ、金を渡して行きずりのデートしたのは事実。あわや実刑か、というところで兄と姉が高額の保釈金を支払い、首の皮一枚で釈放となった。
「あの娘とは事情が違うんだな。っていうか、あの娘も本当はピュアで心優しい女の子。腐敗しきった時代に翻弄された被害者の一人に違いない!」
 愚弟の放言を聞き、銀髪女は頭痛を禁じ得なかった。
「バカは死ななきゃ治らない、か。だが〈アビスルート〉はそんな小娘と、比べ物にならないほどの魔性の女。うかつに心を許すと、骨までしゃぶりつくされる。だいいちこんな身の上話、穴ぼこだらけでしょ。やつが送ってきたうさんくさい解除キーなんかで、防犯カメラが見えるようになるわけ」
「あるんだな。ほれ」
 銀髪女の説教中に、太っちょ男は解除キーを試したらしい。
 彼女の中に、どす黒い殺意がかま首をもたげる。注意力散漫どころか、危機回避能力ゼロのしれ者だ。これが命取りで仕事が失敗したら、どう落とし前つけるつもりなのか。
 銀髪女は怒号を発する前に、愚弟の言い分を確かめることにした。
「な、んで」
 太っちょ男の言葉通り、カメラの映像が画面に映し出されている。
 罠にしても下策だ。自らの一挙手一投足をあけすけにして、やつらにどんな役得があるやら、銀髪女は理解に苦しむ。

 会議室らしき空間のリアルタイム映像だった。音声はないらしい。
 三角形の机配置とパソコンが三台。それぞれの前に少年一人、及び少女二名が陣取っていた。たたずまいは〈エピタフ〉が提供した写真と合致する。
〈ノーネーム〉のナナシ、〈虚数輪廻〉のミカとノエルに相違ない。
 ナナシは脇目もふらずにキーボードを打ちこんでいる。単騎で銀髪女たち〈八咫烏〉と対峙しているのだ。談笑にふける暇などないのだろう。
 対照的に女子ペアは置物みたいに不動の構え。いや、黒髪の美少女がカメラのレンズを一瞥する。彼女が面妖なメールの差出人である、ミカだ。
 こちらがカメラの制御を支配できたか、気がかりなのかもしれない。あるいはナナシに反旗を翻すアイコンタクトのつもりか。
 彼女の傍らに、見慣れない男が立っていた。〈エピタフ〉から渡された情報には画像データがなかったと思う。
 天然パーマでルーズな風貌。銀髪女より年かさであることは疑うべくもない。
 人員の消去法により〈千里眼〉の良心で大黒柱、宍戸という名の刑事だと断定する。
「へー、微妙にいい男じゃん。往年の松田優作みたいな渋みが」
『ある』と言いきる前に、銀髪女はまばたきした。宍戸の腕の所在が、生理的な嫌悪感を助長したのだ。
 ミカの肩を抱き寄せている。満員電車で屈折した快楽を満たす、卑怯な痴漢常習者の手つきだった。
 すると宍戸は、ミカの目線の先に疑念を抱いたらしい。
「防犯カメラになんの用事があるんだ!」
 実際に音は届かないものの彼の剣幕から、詰問する声色が聞こえるようだ。
 ミカはおびえた顔つきで、しきりにかぶりを振っている。無実を訴えているのだろう。
 宍戸は彼女の弁護に耳を貸さない。ミカからマウスを奪い、メーラーから銀髪女たちへ発信した救難信号の痕跡を発見した模様だ。
 宍戸が裏拳気味に、手の甲でミカの頬を張る。
 クリーンヒット。室内に甲高い音が響いたことだろう。
「どうしてメール抹消しなかったんだな」
 太っちょ男は目の前の映像に、感情移入している。
 宍戸がナナシに向かって何やら指図した。ナナシはうなずき返す。
 ときを同じくしてナナシからのハックラッシュがやんだ。彼のアバターも沈黙する。不吉なほど無期限に。
 のぞき魔をとがめるように力強く、ナナシが監視カメラのレンズを指さした。
 ――というのは銀髪女の想像にすぎず、その実カメラのコントロールが奪われたことを上申したに違いない。

〔続く〕

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喜田真(きだまこと)

喜田真(きだまこと)

凡才の小説家もどき。 コスパいいガジェットやフリーソフトに目がない。 趣味レベルでプログラミングも嗜む。 [詳細]