喜田真に小説の才能はない

執筆を楽しんで書き続けるプロ作家志望者のフロンティア

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サイバークライシス 25話

[エピタフからの刺客]⑩

『座標を割り出した。なんともはや、最寄りだ』
 丸刈り兄の添付ファイルつきメッセージを開くなり、銀髪女は眉根を寄せた。いらだたしげに長机を指で幾度もたたく。
「灯台もと暗し、ってか。まさか〈エピタフ〉のやつ、はなから〈千里眼〉の隠れ家知ってて、ここをあてがったんじゃあるまいな」
「ネガティブ思考は禁物なんだな。人生、前向きにいかないと」
 やゆと解釈したのか、銀髪女が太っちょ男をねめつける。
「このカモネギなくらい出来すぎた偶然を、どうやってポジティブにとらえるのよ」
 太っちょ男がメトロノーム然と人差し指を振る。
「『経費削減』なんだな」
「簡潔かつ明瞭に述べなさい。でないと蹴るよ」
「『絶対DV宣言』なんだな。しゃーない。姉さんはどうやって〈ノーネーム〉を手元に置くつもりだった? ハッキングで無形の情報は奪えても、有形の人さらいなんて無理ゲーだし」
「そりゃあんた、誘拐でも引き受ける裏のよろず屋に依頼するつもりよ。標的が警察の庇護下にあるから、多少値が張るかもしれないけど」
「はい、どーん」太っちょ男が喪黒福造のごとく銀髪女を指さす。「専門業者に任せるくらいなら、ボクチンたちでやっちゃえば安上がりだな。そして早い。幸いナナシの潜伏先は、目と鼻の先なんだし」
 銀髪女が反すうする。
「あんたにしては悪くない案ね。敵は警察の正式部署じゃない。小娘二人が加わったとはいえ、少人数の荒くれ者。防備は手薄になる。兄妹三人がかりならさらえるし、最も確実か」
『オレも異存ない』
 丸坊主男がメッセージで後押しした。
「OK、やりましょう。何はさておき敵施設の制圧が急務ね。あんたは兄貴と引き続き共同で、〈千里眼〉の室内コントロールを掌握するべくハッキングを継続。扉の開閉や空調設備、防犯システム、何もかもうちらの管理下に置く」
 銀髪女の号令一下に、兄と弟がキータイプで呼応した。

√ √ √ √ √

 ノエルは完全に手を止め、ミカをまっすぐ見据える。
「お姉さま、〈八咫烏〉は手抜きしてますよね。それもやつらの謀略なのでしょうか」
「あなたも気づいていましたか」
「はい」
 ノエルはミカの優秀な右腕。一から十まで説明せねばならぬ、お荷物ではない。
「執拗にディフェンシブなのは、真の目的から目をそらすための伏線――賊にとっては雌伏の正念場と、わたくしは思います」
「マセガキを連れ去って、〈エピタフ〉にどんな実利があるのでしょうか」
「〈エピタフ〉の意図までは推し量れませんね。ナナシんの身に、なにがしかの値打ちがあるのでしょう」
「人を物みたいに扱うとは、性根が腐ってますね。手を切って正解でした」
 ノエルは唾棄するように憤った。
「こいつは〈エピタフ〉から狙われていること、百も承知なのですか」
 ミカはかぶりを振る。
「そこまで気が回っていないと思います。もちろん宍戸さんも。警戒していれば、なんらかのアクションを起こすでしょうし」
「教えてください。どうすれば〈エピタフ〉の野望を阻止できますか」
 ミカがノエルを見返す。
「あなた、止めたいの?」
「はい。ゲス野郎に振り回されるのは、もう懲り懲りです」
「奇遇ね。わたくしも食傷気味よ。ただ〈エピタフ〉の大望をくじくには、ナナシンとの共闘が最低条件です。別個に臨めば、良くてジリ貧でしょう」
「共同戦線を張らねばならないんですね」
「ええ。でもナナシんの心に、わたくしたちの忠告が届くかどうか……」
「お姉さま、マセガキになりすますことはできますか」
 ミカが首をひねる。
「ナナシんのアカウント乗っ取りか、彼のマシンをダイレクト操作すれば、ね。あなただって分かっているでしょう」
「はい。あたしがあいつを引きずり回します。なのでその間、お姉さまには〈八咫烏〉の対処をお願いしたいのですが」
 ノエルが起立し、ナナシの座席へ歩き出した。
「ノエルたっての願いごとなら、善処しましょう。しかし引きずり回す、とはいかような意味なのかしら」
 さしあたってミカもノエルに従い、席を立つ。
 女子二人が中座することでアバターは行動不能になったものの、どちらにせよ〈八咫烏〉と丁々発止で斬り合うのはナナシだけなので、状況にさしたる影響はない。
「『眠り姫をたたき起こす』と言ったほうが、おしゃれかもしれませんね」
 言下にノエルは、ぼんやり画面を見続けるナナシの胸倉をつかみ、無理やり立たせた。
「あんた、分かってるのか。このままじゃ負けるってこと」
 およそ『おしゃれ』と似ても似つかぬ荒業だ。
 ナナシはパソコンから引っぺがされ、視界にノエルを捕捉する。
「僕が負ける? ふんっ、たわごとを」
「じゃあどうやって乗り切るつもりだ。答えてみろ」
「…………」
 だんまりとなったナナシの脇をすり抜けて、ミカは彼の席に滑りこむ。流麗なキータッチでコマンドを打ち、ナナシの不在を察知されぬよう代役を務めた。
「なんとか、するさ」
「意固地になってる場合か。なんとかならないから、言ってるんだろうが!」
 ナナシの苦し紛れを、ノエルは一喝した。
「今は互角の膠着状態に見えるかもしれない。だけど拮抗したバランスは、敵の心変わり一つでいともたやすく崩れる。あんたは敗北し、〈エピタフ〉に連れていかれるんだ」
「おまえ、何わけ分かんないこと言って」
「情けなくないのか。全部〈エピタフ〉の脚本通りだぞ。シーソーゲームで見世物の賭け率を跳ね上げ、あんたが『いける』と思ったところでとどめを刺されるんだ。そしてチップは親である〈エピタフ〉の総取りとなる。あいつの思うつぼよ」
 ナナシは口を閉ざし、ノエルの言葉に耳を傾ける。
「あんたがどれだけ技を駆使しようと、〈エピタフ〉の手のひらの上。あんたはあいつに一生頭が上がらない、召使も同然じゃない」
「妄想に付き合ってられるか。手を離せ。無関係な外野の出る幕じゃない――」
 彼女の拘束を脱しかけたナナシの顔の向きが直角に曲がった。室内に乾いた音が響く。
 ノエルがナナシの頬に平手打ちしたのだ。
「あたしとあんたの関係は希薄なんでしょう。ついこないだまで敵同士だったし。でもあたしだって今は〈千里眼〉の一員。進言するくらいの権利はある」
「なんで――おまえが泣くんだ。泣きたいのは僕なのに」
 ナナシはぶたれた頬に手を当てた。
「泣いてなんか」
 否定しかけて、ノエルのまなじりから一筋の涙がこぼれた。
 ナナシはダメージジーンズのポケットをまさぐり、拭く物を探す。
「あたしは……悔しい。敷かれたレールの上を走るだけの人生が。あんたは、どうなのよ」
 ハンカチやティッシュは品切れらしい。探索を断念し、ナナシは親指でノエルのほっぺたをなぞる。彼女の涙を拭いたのだ。
 嫌がるかと思いきや、ノエルはされるがままに素肌を触らせる。
「嫌に決まってる。誰が好きこのんで、操り人形みたいな惨めったらしい生き方選ぶかよ」
「でもあんたは、今まさにそうなろうとしているじゃないか」
 ナナシは青息吐息を漏らす。
「分かった、ギブアップだ。どうすればいいか僕に教えてくれ」
「お姉さまと――あたしたちと力を合わせろ。かりそめでもいい。共通の敵である〈エピタフ〉をはったおすため、知恵を持ち寄るの。あんたにできないことをあたしがやる。あたしたちにできないことをあんたがやる」
「適材適所、か。いいぜ。契約成立だ。じゃあ起死回生の指針をくれ、ミカ」
「誰が呼び捨てしていいと――」
「ノエル、話を混ぜっ返さないの。枝葉末節にこだわる女は、敬遠されますよ」
 ミカにいさめられ、ノエルは赤い目でナナシをにらみ上げた。
「あーと。ぶたれておいてこんなこと言うのは、『そっち』の趣味と思われかねないから気が引けるんだが」
 ナナシは回りくどいしゃべり方をした。
「もったいぶるな。曲がりなりにも男なんだから、しゃきっとしろ」
「ったく、口が減らない女だ。わーったよ。言やいいんだろ、言えば」
 ナナシは照れくさそうに頭をかく。
「ありがとな、ノエル。おまえの一発で、もやもやが晴れた」
 予想外の謝意に不覚を取り、ノエルは目をしばたたかせた。
 言葉にならないらしく「うぅ~」とかうめいた挙げ句、感情がバーストしたのか、ナナシをポカスカはたきだした。
「やめろって。なんで滅多にしない謝礼のお返しが、袋だたきなんだ」
 平時に繰り出されるノエルアタックの半分以下の威力しかないものの、ナナシは亀のごとく防御に徹していた。
「こりゃなんの騒ぎだ」
 いつの間にか宍戸が戻ってきたらしい。
「王子様が白雪姫を、毒りんごの呪いから救ったところです」
 ミカの意味深な謎かけを宍戸が咀嚼する。
「『白雪姫』が〝ナナシ〟で、『目覚めのキス』が〝ビンタ〟に相当するのか? あべこべなアバンギャルド劇場だな」
「二番せんじを避けるためにも、エキセントリック成分を増量したのです。で、〈八咫烏〉について調べはつきましたか」
 ミカがタイピングしながら尋ねた。
 宍戸も刑事の本懐に立ち返り、真顔になる。
「持てる情報は残らず引っ張ってきた。というか、とっくにハッキングされているのか」
「はい。わたくしたちが知ってることといえば、賊が三人組でナナシんの猛攻をもさばききるほどの敏腕、という点ぐらいです。宍戸さんも披露してください」
「ああ。〈八咫烏〉はフリーランスのクラッカーだよ。どうやら三兄妹らしい」
「〈エピタフ〉に金で雇われたのかしら。『兄妹』というからには、男が混じっていますね」
 ミカが子細を問うた。
「真ん中が女、あとは兄と弟が一人ずつだよ」
「男性が二人」
 うわの空な生返事するミカに代わって、ナナシが聞く。
「ほかに有意義な情報はないのか」
 宍戸が破顔する。
「あるぜ。おまえが食いつきそうなのが一つ。末の弟に前科があるんだ」

√ √ √ √ √

〔続く〕

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喜田真(きだまこと)

喜田真(きだまこと)

凡才の小説家もどき。 コスパいいガジェットやフリーソフトに目がない。 趣味レベルでプログラミングも嗜む。 [詳細]