喜田真に小説の才能はない

執筆を楽しんで書き続けるプロ作家志望者のフロンティア

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サイバークライシス 28話

[エピタフからの刺客]⑫

「なぁ、ミカくん。メールも送り終わったんだろう。いい加減、俺の背中からどいてくれないだろうか」
 宍戸は四つんばいという不甲斐ない体勢で、懇願した。
「あら、返事は『ひひーん』ですよ、お馬さん。リアリティを軽視されては困りますね」
 ミカはイス代わりに横座りする宍戸の尻を『ぺちん』とはたいた。
「ちょっと、マジでやめて! 君が『壁に耳あり障子に目あり』って言うから馬ごっこに付き合ったけど、もう〈八咫烏〉は見てないよね。ナナシの相手で大わらわなはずだし。こんな姿、誰かに目撃された日には俺、警察官を辞めざるを得ないじゃん」
「もしクビになったら、わたくしがヒモとして雇って差し上げます」
「それは真っ当な職種じゃない!」
 ミカがサディスティックな笑みを浮かべる。
「怒鳴ったところで威厳など醸し出せませんよ。この痴態のみならず、わたくしたちの熱演はすべて録画済み。のちほど名シーンのみを編集して、ディスクに焼いて贈呈します」
「なんちゅー『呪いのビデオ』だよ。〈八咫烏〉への牽制だけではなく、俺との交渉カードを握るうえで演じさせたのか。後悔先に立たず、だな」
「宍戸さんだって、いい思いしたじゃありませんか。わたくしにキスマークまでつけて。堅実に生きてたら無料で女子高生を愛撫できる機会なんて、皆無でしょう」
 ミカがこれ見よがしに白い首筋に浮いた、唇の跡を強調する。
「そ、それは君が『生半可な演技だと〈八咫烏〉にすんなり見破られる』なんて脅かすから、致し方なく、だな……。だいたい君の噛みつきも、かなり痛かったんだぞ」
 宍戸がごにょごにょごねる。馬の格好なので、みっともなさが半端ないが。
「あなたの熱烈さが芝居の域を超えておりましたので、わたくしも決死の覚悟だったのです。『公衆の面前で犯されてなるものか』と、少々力が入りました」
 宍戸は返す言葉もなく、こうべを垂れた。姿勢が姿勢ゆえ、反省猿のようにも見える。
 ミカは流し目で宍戸の様子をうかがい、喜色を浮かべた。
 男心をへし折ることに喜びを見いだしたらしい。
「宍戸さんは妻帯者じゃありませんよね。恋人はいらっしゃるのかしら」
「絶賛募集中だけど、それが何か」
 うふふふ、とミカは不敵にほほ笑み、ブラインドタッチしている。
「笑ってないで教えてくれよ。はっ、もしや。彼女がいたら、さっきの一部始終を収めた映像送りつけて、血みどろの修羅場にするつもりだったんじゃ」
「ご無体なことおっしゃるのね。名誉毀損で訴えられるレベルです。そんな悪辣な小細工を、わたくしがするとお思いなのかしら」
「いや、だって……今現在、俺に侮辱的な折檻してるだろ」
「頭にきました。無下でデリカシーがない発言ですので、因果応報としてレイプ未遂の映像を動画投稿サイトへアップロードすることにいたします」
「神様仏様、ミカ様。それだけは堪忍して! 俺とナナシが社会的に死亡しちゃうので」
「タダで、とは申しませんよね」
「はい……埋め合わせはします。俺のできる範囲のことで」
 言質を取った、とばかりにミカは相好を崩す。
「太っ腹です、宍戸さん。ではおいおいの楽しみとして、とっておきます。ひとまず〈八咫烏〉を粛清しないことには、『のちのち』すらありませんしね」
「戦況はどうなってるんだい」
 一転して宍戸が真面目くさった口調で尋ねた。
 ナナシに取りつかんとする〈八咫烏〉の男衆を、ミカが一人でいなしているのだ。
「賊は総崩れ寸前です。わたくしたちの勝利は揺るぎないでしょう」
「そうか。いささか過激な方法だったけど、君の機転のおかげでナナシは過去のしがらみから解き放たれ、躍動できた。礼を言う。ありがとう、ミカくん」
 ミカがチラリと宍戸を見下ろす。
「宍戸さんやわたくし――縁の下の力持ちって、損な役回りですね」
「得てして裏方ってのは、従事する人間同士にしか労苦は共感できないものさ。ナナシが光で俺は影。分不相応に影が悪目立ちしちゃいかんだろう」
「ならば日陰者つながりで、宍戸さんの苦労はわたくしがねぎらってあげます」
「ありがたいね。容姿端麗な才媛にいたわってもらえるなんて、極上のプレゼントだ」
 宍戸はミカから見えない角度で微苦笑した。

√ √ √ √ √

 ノエルはナナシの傍らに立ち、ハッキング対決を生で視聴していた。
「デタラメにピーキーなやつ」
 はばかることなく感想を口にするノエル。
 彼女の声どころか、ありとあらゆる雑音がナナシの耳に届いてない。彼のまなざしは、液晶画面の中にある黒いウィンドウへまっしぐらだ。
 ウィンドウ内には息つく間もなく、命令のコードが流れていた。
「ふんふふふーんふん ふんふふふーんふん ふんふふふーん」
 ナナシは自らの世界に埋没し、心地よさげにハミングしている。
 曲調はワーグナーの『ワルキューレの騎行』だった。
 ナナシの真骨頂である一騎打ちになった途端、こんな調子で〈八咫烏〉司令塔を絡めとったのだ。『瞬殺』という表現がしっくりくる。
〈八咫烏〉が集団戦を持ち味にしてることは間違いないものの、かといって個々が無力というわけじゃない。ノエルの所感では、一人ずつでも【ウィザード】級の彼女とどっこいどっこいの技量を有している。
 にもかかわらず出だしは下火だったはずのナナシが突如息を吹き返し、強敵の一角を悠々と屈服させてしまった。
 これを『荒唐無稽』と言わずして、なんと評すればよいのか。ノエルにはほかの語彙が思い浮かばない。
 翻って、彼女はナナシのパワーアップに心当たりがあった。
 ざっくり言えば〝雑念〟が消えたからに違いない。
 慣れないチーム合戦に、自己主張の強いメンバーと足並みをそろねばならないこと。何より目の敵にしている〈エピタフ〉が送りこんできた尖兵だ。
 平常心でいろ、というほうが土台無理な注文だろう。
 ナナシの波状攻撃は威力こそあれども、荒ぶるせいで創意工夫が足りなかったかもしれない。精強な〈八咫烏〉にしてみれば、空転する大振りな連打だったろう。
 ノエルが寂しげに吐露する。
「お姉さまには、かなわないや。あたしは潤滑油にもなれなかった」
 気概が空回りするナナシの歯車を補正したのは、ミカだと思う。
 彼女の策略で〈八咫烏〉は内部分裂し、司令塔が孤立した。『待ってました』とばかりに、意気揚々とナナシが迎え撃つ。こうなればごちゃごちゃ懊悩せず、目の前の敵をなぎ倒すだけでいい。
 だから〈ノーネーム〉本来の力を十全に発揮できたのだろう。その結果が、秒殺という形で現れたにすぎない。
「始めっから、本調子でやれっての」
 ノエルはナナシのおでこの横で指をデコピンモードにして、思いとどまった。
 彼の毛髪から水が滴っている。スプリンクラーで浴びた水分を拭ききっていないのだ。当然シャツとジーンズもずぶぬれだった。
 そんなことなどお構いなしで、ナナシはハッキングに無我夢中。良く言えば『非の打ち所がない集中力』、悪く言えば『体調管理に無頓着』だ。
「風邪ひいても知らないぞ、バカ」
 ノエルは悪態をつきながらも、プリーツスカートのポケットからレースのついたハンカチを出す。そしてナナシのおでこの水分を優しく拭きとった。
 自分のやっている行為を客観視したのか、
「ち、違うからな。これはそういうんじゃない――あっ! パソコンがぬれたら中のデータがおじゃんになりかねないので、なし崩し的に拭いてやってるだけだし」
 慌てて弁解しだした。
 さりとてナナシはハックにご執心でノエルの弁明はおろか、拭ってくれていることにも反応しない。
 ノエルは不機嫌面になり『鉄拳制裁も辞さない』と腕を振り上げたところで、
「そーゆーことかぁ。にゃひっ」
 ナナシが、かかと大笑した。
 気味悪がって、ノエルが一歩後退する。
「お、おいっ。頭のネジが外れたんじゃないか」
「失礼な女だな。つーかノエル、いつから僕のそばにいたんだ」
 ノエルは水気が含まれたハンカチを、さりげなくスカートにしまう。
「い、いつだっていいでしょ。それより何が分かったか、教えろ」
「生き急ぐなよ。早死にするぞ。そしてユーモアセンスのかけらもねーのな。社交性のなさがうかがえるぜ」
 インドア王者のぼっち気質な少年に言われたら、おしまいだ。
「あたしが、なんだって?」
 ノエルがノーモーションでのど輪を食らわそうとした。

〔続く〕

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喜田真(きだまこと)

喜田真(きだまこと)

凡才の小説家もどき。 コスパいいガジェットやフリーソフトに目がない。 趣味レベルでプログラミングも嗜む。 [詳細]