喜田真に小説の才能はない

執筆を楽しんで書き続けるプロ作家志望者のフロンティア

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サイバークライシス 30話

[悲喜こもごもの輪舞]①

「お姉さま、ご気分がすぐれないのですか」
 ノエルが探り探り質問した。
 ミカは唇を『へ』の字にして腕組みし、イスにふんぞり返っている。
「体調は万全です」
「ですが、あまり充実感がなさそうです。あたしたちが勝ったのに」
「もとより勝ち負けなんてのは些末事にすぎません。〈千里眼〉が壊滅しようと、わたくしにとっては対岸の火事も同然なので」
 ミカには〈千里眼〉への帰属意識がないらしい。
「では何が気障りなのでしょうか」
「座り心地です」
「へ?」
 ノエルは小首をかしげた。
 ミカが不服そうにイスのひじかけを小突く。
「宍戸さん、『〈八咫烏〉を逮捕するから』って、そそくさといなくなってしまうんですもの。わたくし、解放した覚えはないのに」
 彼女が成人男性に固執するなど、前代未聞だ。『男』というカテゴリーだとナナシにも執着しているけど、彼に何をされてもこうまでご機嫌斜めになることはないだろう。
「み、ミカお姉さまにとって、あのおっさん――宍戸は、どういう存在ですか」
 ノエルは戦々恐々聞いてみた。
「宍戸さん? う~ん、なんでしょうか」
 ミカが下あごに人差し指を当て、思案する。
「わたくしのお」
 そこまでで言葉が途切れた。ミカが再び熟考する。
 ノエルは冷や汗をかいた。続く言葉が『男』だったら、空前絶後の一大事。
 あの野郎の謀殺も視野に入れないといけない。
「お姉、さま」
 図らずも催促の声を発するノエル。
 ミカが長考した末に、結論を口にする。
「わたくし専用の〝おもちゃ〟です」
「ですよね~」
 ノエルはスキップしそうな心地で、きびすを返した。
 次に話しかけるのは、小生意気な少年だ。一区切りついたにもかかわらず、仕事したふりを続けている。涙ぐましい自己PRかもしれない。
「〈八咫烏〉の二人とも仕留めるのに、一分かからなかったぞ。一人あたり換算で三十秒未満。ふふ~ん、どうよ」
 鼻高々でノエルはナナシの机に手をついた。
 彼は浮かない顔のまま彼女を歯牙にもかけない。依然としてキー入力に没頭している。
「何よ、その態度。あんたが計測しろって言ったんでしょ」
 ノエルはほっぺをむくれさせた。
 ミカといいナナシといい、マイペースが度を越してる。仕事の達成感に浸る自分が、短絡的みたいだ。ノエルは納得いかなかった。
「ん。おぉ、三十秒以下とは上出来だな。僕はもう少しかかると思っていた」
 慰労するや、ナナシは作業に戻った。
 そっけなさにいらつき、ノエルが食ってかかる。
「それだけなの」
「ほかに何しろってんだよ――あ、はいはい。そゆことか」
 ナナシは何かに思い至ったらしい。人差し指の先っちょをくいくいっと曲げ、ノエルを呼び寄せた。
『耳打ちでもしたいのかな』と思い、ノエルは顔を接近させる。
 やにわにナナシが彼女の頭に手を置いた。
「よくやった」カチューシャ付近をゆっくりなでる。「つーかおまえ、見てくれは美少女なんだから猫かぶってりゃいいのに。ミカを手本にしろよ。無愛想貫いて水の泡にするとか、自縄自縛じゃんか。百害あって一利なしだぞ」
「%&$#¥*@ーー~~」
 地球上に現存しない言語を口にしたノエルは、耳まで真っ赤になった。
 至急ナナシの腕を払う。
「あたしは子供じゃない!!」
「プリプリすることねーだろ。悪かったよ。いらぬお節介を焼きました」
 ナナシはふてくされて仕事を再開した。
 ノエルは深呼吸を反復し、早鐘打ちかけた鼓動を黙らせる。
 今のはハプニング。だから脈拍が早くなったに違いない。
 断じて男子に『いい子いい子』されたうえ『美少女』と言われて、心臓が高鳴ったわけじゃないのだ。
 ノエルは激しくなった動悸を悟らせぬように、目つきを険しくする。
「あんた、何してんの」
「えーとな、〈八咫烏〉のクラウドシステムを解析してる」
「そんなもの分析して、どうするのよ」
「『通話履歴とかねーかな』と思って。場合によっちゃカラス女のマシンまで捜索範囲広げて、癒着の相関図を浮き彫りに――」
 反射的にノエルはナナシの頭をはたく。
「彼氏とのピロートークの録音データとかを、血眼になって探してるんじゃないでしょうね。いやらしい。ドン引きものなんですけど」
「やらしいのは、おまえの発想だろ。よくもまぁ、盛大に誤解できるもんだ。だからって人の頭ポンポンどつくなよ。僕の高貴な脳細胞が壊死したらどうする」
「ふしだらな猿知恵しか閃かない細胞なんて、いっそ全滅してしまえばいい」
「デッドラインが極端すぎて、こえーよ。おまえはどこの閻魔大王だっての。僕は〈エピタフ〉について調べていただけだぞ」
 ノエルは再度振り下ろしかけた拳を静止させる。
「〈エピタフ〉の何を知りたいのよ」
「どうもすっきりしなくて。デフォルト陰険属性野郎が裏で糸を引く案件の割に、あっけなさすぎる気がしてな」
「〈八咫烏〉が倒れたのに、あんた的には『まだハッキングが終わってない』『もうひと波乱ある』って見解なの?」
 ノエルが静寂に包まれた液晶モニターに視線を落とす。動乱が起こる前兆すらないほどの凪で、推移していた。
「なんとも言えない。でも僕は〈エピタフ〉という人間について、嫌ってほど知ってる。やつの執念深さときたら病的なくらい――」
 そのときナナシの支援プログラムである小人のアイコンが、音声通話の着信を告げた。
 トリプルモニターに表示された発信者名は『フィクサーS』。
 すかさずナナシが通話を承認する。
「どうした、何かトラブルか」
『おまえが三コール以内に取るとか、珍妙なこともあるものだ。明日は季節外れのあられか、やりが降ってくるんじゃないか』
「前置きはいらない。用件のみ言え」
 張り詰めたムードで彼は先を促した。
『仕事熱心なナナシってのは、調子狂うな。なに、ちょっとした報告だよ。〈八咫烏〉は三名とも拘束した。ほかの刑事に引き渡して、署まで護送してもらっている。にしてもだ。おまえが割り出した通り、同じビルの階下でクラッキングしているとは。今回はずいぶんとご近所の戦争だったわけだな』
「サイバー空間に物理的距離なんて関係ない。ってか、パソコンスクール予定地の室内には、あんた一人か。ほかに同僚の警官は?」
『ものけの殻だよ。大人数で大挙して現場荒らされたくないしな。俺がじっくり裏づけを取るつもりだ』
 ナナシは考えこんでから、言う。
「僕もこっちで〈エピタフ〉と関連ありそうな物証を洗う。何か不審な兆候があったら、連絡しろ。あいつのずる賢さは、あんた以上だからな」
『俺のこと憂慮してんのか? 気色悪いな。何かおねだりしようって魂胆だったり――』
「するわけないだろ、アホ天パーが」
 ナナシは通話の断絶を強行した。リクライニングチェアの背もたれに体を預ける。
「ほーらね。おっさん、事後処理してるだけだったでしょ。どこにも火種なんて見当たらないじゃん」
「僕の取り越し苦労だと、いいんだけどな」
 ノエルにダメ押しされても、ナナシの憂鬱は払拭できないらしい。
「おまえたち二人は、別命あるまで無期限待機。残りの残務整理は僕がやる」
 ミカとノエルに指示して、ナナシは解析作業を続行した。
 ノエルが肩をすくめる。
「あたしは無駄骨だと思うけどね。ま、根を詰めすぎない程度にがんばれば。なんなら、糖分補給に甘いお菓子、持ってきてあげようか」
「うん、助かる」
 ノエルは菓子皿のあるテーブルに向かった。
「『助かる』か。なんか雰囲気変わったな、あいつ」
 初対面のときは臆病なハリネズミ、みたいな感じだった。今は多少丸くなったと思う。
 ノエルは個包装のチョコレートを取ろうとする。
「ううん。変わったのは、あたしもか」
 ナナシになでられた髪の毛に手を触れる。
 彼女はミカ以外に頭を触らせたことがない。家族だって例外なく。
 ノエルのテリトリーに立ち入りを許されたのは、ミカのみだ。なのにナナシは、物おじせず踏みこんできた。
 今までの彼女なら領土侵犯したゴロツキに対し、足腰立たないくらいの手痛い報復をしたに違いない。翻ってナナシに対しては、払いのけるだけで収まった。
 ノエル自身、彼になでられて鳥肌が立ったりしなかったのだ。
「腑抜けちゃったな、あたし」
 ノエルははにかみながら両手いっぱいにチョコを握り、取って返した。

√ √ √ √ √

〔続く〕

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喜田真(きだまこと)

喜田真(きだまこと)

凡才の小説家もどき。 コスパいいガジェットやフリーソフトに目がない。 趣味レベルでプログラミングも嗜む。 [詳細]