喜田真に小説の才能はない

執筆を楽しんで書き続けるプロ作家志望者のフロンティア

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サイバークライシス 31話

[悲喜こもごもの輪舞]②

 宍戸は〈八咫烏〉の銀髪女の置き土産、タブレット端末のホーム画面を立ち上げた。
「何かあれば連絡しろ、だって。そりゃこっちのセリフだっつーの」
 緩む頬を引き締めることなく独り言を吐き出す。
 教室には彼しかいないのだ。裸族になっても、見とがめる者などいない。
 宍戸は画面をスライドし、ハッキングの形跡をつぶさに探る。OSが手持ちのスマホと同一なので、操作性に別段支障はない。単にディスプレイのインチが大きくなっただけだ。
「あいつも一回りくらい成長したのかね。『恋は人を変える』なんて格言あるのか知らんが、ナナシには当てはまりそう。あのお嬢さんたちは両方、生涯の伴侶としちゃ一癖も二癖もあるだろうけどな。それもまた何かの教訓にはなるか」
 宍戸の見る限り、証拠に類するものは出てこない。
 敗色が濃厚となって、即座に証拠隠滅を図ったのか。
 思いきりの良さと当意即妙な判断力には舌を巻く。さすが〈ノーネーム〉と〈虚数輪廻〉を苦しめたハッカー、と評価すべきか。
「こりゃナナシに任せないと、らちが明かないな。あいつには『そんくらい自己解決しろ』と延々小言をぶちまけられそうだが」
 宍戸が帰路につこうとしたとき、
『こんにちは、宍戸刑事』
 無人の室内に人間の声がして、宍戸は仰天した。部屋の内部をぐるりと見渡す。
 窓際最前列のデスクトップ端末で、ボイスチャットが生きている模様だ。
 シャープに短く、誰何の声をあげる。
「誰だ」
『はじめまして。私は〈エピタフ〉と申します』
 おぉう、〈エピタフ〉ときたよ。刹那、宍戸の呼吸が止まった。
 ――ナナシにとって忌み名に近い、宿敵。
 宍戸は通信状態のデスクトップPCに近づいた。道すがら、タブレットの録音アプリを起動。保険として、スマホでナナシにリダイヤルも忘れない。通話の可否を確認せず、スラックスのポケットにしまう。
「親玉のご登場とは、びっくりだな」
 ナナシなら、敵の居所を探れるかもしれない。でも宍戸には無理だ。
 だからせめて〈エピタフ〉の声を収録する。一言一句漏らさずに。
 今の彼にできるのは、会話を引き伸ばして敵のヒントを多く採取することだ。
『「親玉」なんて誇大表現で、恐縮してしまいますね。私は末端の小物なので』
 宍戸が窓際席に腰かける。
 なるべく本体のスピーカーに近い場所を選び、タブレットも置いた。
「謙遜するなよ。ナナシからいろいろ聞いてるぜ。幾多の騒動の元凶だ、とね」
 スピーカーから高らかな笑声が響く。
『彼らしいロマンチックな言い回しです。そうそう、申し遅れました。ナナシが大層お世話になっているみたいで』
「あたかも自分の『身内』みたいなしゃべり方だな。あんたが一身上の都合で切り捨てたって話だと、俺は記憶しているが」
『その認識で的を射ています。私は断腸の思いで一度、ナナシを手放しました』
「『再び迎え入れる』というふうにも受け取れるが」
『どう解釈してくださっても結構ですよ。宍戸刑事にも思想信条の自由がありますし』
 棚ぼた的に墓穴は掘らないか。宍戸は心中で舌打ちした。
「で、どうしてあんた御自らが出張ってきたんだ。あー、手下の勤務実績が気になって、か。だったらご愁傷様。〈八咫烏〉は一匹残らず掃討したぞ」
『彼らは捕まったんですね。悪いことをしてしまったな。私にかかわらなければ、人生を棒に振ることなく謳歌できたろうに』
 こいつの口調、これっぽっちも罪悪感がない。宍戸は引っかかりを覚えた。
 いっちょカマをかけてみるか。
「いやいや。あんたの青写真通りに、ことが運んだんじゃねえの」
『へぇ、興味深い考察です。ぜひご教示願いたい』
「あんたにとって〈八咫烏〉はうっとうしい存在だった。でも味方陣営である手前、自ら刈り取るのは幾分体裁が悪い。だから俺たちに一刀両断させた。敵に勝負を挑んで返り討ちなら、あんただって哀悼の意を表せるしな。『彼らは腕のいいハッカーだった』とかなんとか」
『大胆な仮説ですね。即興だったにせよ、一本筋は通っている』
「俺は学生時代、証明問題で一目置かれたんだよ」
 先生には『口八丁手八丁のこじつけ大王』とあきれ混じりに脱帽されつつも、三角配点すらもらえなかったけれど。
「答え合わせ、してもらおうか」
『う~ん。材料が足りませんね。なぜそういう推察に至ったのか、根拠を提示してもらわないことには判断つきかねます』
 こんにゃろめ。欲張ると身を滅ぼすぞ。宍戸は叫びたい衝動を抑えた。
「強いて言うなら、タイミングかな」
『ふむ、なんのでしょうか』
「襲撃のだよ。〈八咫烏〉を送りこむ時機が、見計らったかのごとく好都合に思えてね」
『はて。ピンときませんね』
 はぐらかす気だな、と宍戸は直感した。
「あんたなら、いつでも〈八咫烏〉を動かせたはずだ。ナナシを潰すにしては、半端臭い時機だろ。折よくあんたの発掘した〈虚数輪廻〉が加勢してから、襲いかかってくるんだもんな」
『ナナシはソロのほうが手ごわい、と高をくくったのですよ』
「そうかな。あいつは一人のほうが自由奔放に振る舞えるかもしれない。でも対〈八咫烏〉に限っては苦戦したと思うぜ。やつらはあんたとの縁故を殊更アピールした。あんたとゆかりが深いと知ったナナシは、自暴自棄に突撃かますくらいだったしな」
『それはたまたまの副産物です。ナナシが忘我で弱まるなんて、私には見通せない』
「いーや。あんたはナナシのことを知り尽くしている。そして〈八咫烏〉のことも、だ。両者が激突すれば、天秤が〈八咫烏〉に傾くことは事前に予測できた」
『買いかぶられても、景品は差し上げられませんよ』
 白々しい。あくまで知らぬ存ぜぬを通すつもりらしい。
 だったらもうひと押しするまで、と宍戸は脳内で攻め方を構築する。
「もし俺があんただったら、もう一枚手札を用意した。そしてナナシの不調につけこみ、一気にたたみかける。そうすりゃ押し切れたと思うね」
『なるほど、次回の参考にさせていただきます。でもここまでの流れでは〈アビスルート〉が、さして重要なピースじゃない気もしますけど』
「俺が解せないのはな、そこだよ。彼女たちが今回の功労者だ。あの二人がいないとナナシは立て直せなかったかもしれない。あんたが本気で勝ちたきゃ、手段を選ばずナナシ一人のときに集中砲火を浴びせるべきだった。なのに戦力を増強させてから、ケンカ売ってきてる。なら逆にこう考えられないか。あんたは〝負けたかったのだ〟って」
『戦う前から敗北を乞い願う人間など、いますかね』
「だからそういう意識の隙間に、かこつけたんだろ。あんたは厄介者である〈八咫烏〉が散るステージを整えた――いいや、待てよ」
 宍戸が黙ると、〈エピタフ〉も沈黙した。
 ときが止まったように、パソコン教室が静謐な空間となる。
「あんた、相性の悪い敵をあてがうことで、ナナシを進化させたかったのか?」
〈エピタフ〉は問いに答えず、不意に拍手をし始めた。
『図抜けた誇大妄想癖だ。鋭敏な洞察力と紙一重ですけど。ただ敵対するだけじゃ惜しいな。宍戸刑事、警察なんて辞職して私とビジネスしませんか。あなたにならば巨大プロジェクトも託せそうだ』
「それは『百点満点の答案』と受け取ればいいのか」
『満点ではありませんよ。でも及第点は差し上げます』
「じゃあ模範解答をしてもらおうか」
『〈八咫烏〉は、下克上を企図したんです。私に取って代わり組織を意のままに操るという、見果てぬ野心を抱いていまして。でも半人前の彼らには荷が重い。だから退場願いました』
「あんたも俗物だな。地位や名声を捨てきれなかったわけだ」
 宍戸は挑発的に言ってみた。
 これでやつが激情に駆られれば、儲けものだ。
『いや、まったく。私も人並みに保身を考えるらしい。感受性も凡庸でして』
〈エピタフ〉は他人ごとのように述べた。感情の起伏は見られず、抑揚のない声音だ。
『実は今回〈八咫烏〉に、「目の上のこぶを除去したい」という建前で仕事を発注しました。〈千里眼〉を仮想敵にして。けど本当は彼ら自身が目障りだったんですよ。彼らが警察をこき下ろすたび、思わずにはいられませんでした。「目くそ鼻くそを笑う」とは、こういうときに使うのかって。〈八咫烏〉が裸の王様に見えて、悲しいほど滑稽でしたね。こみ上げる嘲笑をこらえるのが一苦労だった』
 宍戸は不快感をあらわにした。加えて〈八咫烏〉に同情する。
 どうせ音声通信のみなのだ。どんな面構えしようと、向こうには伝わらないはず。
 宍戸は国家権力の一員だけど、己を正義の使者と思わない。警察だって過ちは犯す。
 されどもはっきりしたことがある。
〈エピタフ〉は〝悪〟だ。それだけは胸を張って言える。
「ヘッドハンティングの件、保留にしてたな。断る。あんたとは波長が合いそうもない」
『それは残念だ。あなたと争わねばならないとは、気が重いです』
「悪いが俺は燃えたぎるね。あんたは俺が必ずしょっぴいてやる」
『自他ともに認める「ライバル」として、切磋琢磨するのも感慨深いかもしれませんね。実は好敵手がもう一人いまして。誰あろうナナシです』
「ナナシはどう言ったのか知らんが、俺は純粋にあんたの敵だよ。たぶん一生分かり合えないと思うね」
『重ね重ね心苦しいです。異彩を放つ人材ほど、私とともに歩んではくれません』
 芝居がかっている。大根役者は、こいつを見習うと上達するかもしれない。
『ただし、先ほど合格点を勝ち取ったことはお見事でした。敬意を表し、敵に塩を送ることにしましょう。宍戸刑事の質問に、なんでも一つお答えします』
 なんとなく地雷臭がするものの、宍戸は便乗することにした。
『虎穴に入らずんば虎児を得ず』だ。

〔続く〕

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喜田真(きだまこと)

喜田真(きだまこと)

凡才の小説家もどき。 コスパいいガジェットやフリーソフトに目がない。 趣味レベルでプログラミングも嗜む。 [詳細]