喜田真に小説の才能はない

執筆を楽しんで書き続けるプロ作家志望者のフロンティア

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サイバークライシス 10話

[ノーネームの黎明期]①

 音楽はいい。とりわけクラシックは格別だ。パッヘルベル作曲の『カノン』を耳にして以来、のめりこんでいる。
 言語の壁さえ超越する至高の芸術に、インチキはない。僕の琴線に触れたゆえんだ。
 対してくそったれな世の中は、欺瞞で満ちあふれている。一例を示そう。
「愛は地球を救う」
 やれるものなら、やってみろ。そんな不可視の概念一つで万国が平和になるなら、なぜゆえ各国で争いの火種がくすぶり続けるのか。愛情が足りないからテロリズムや民族紛争、二度に渡る世界大戦が勃発したとでも?
 愛ゆえに人は果てしない闘争をし、人類が根絶やしになった末、地上に平穏が訪れるという大局的な暗示であるなら、僕だってひざを打つ。我ながら斜に構えていると思うけど。
 ならば異口同音のきれいごとをことごとく排除したら、世界が住みやすくなるのか?
 答えは「ノー」だ。
 大なり小なり見栄を張ったり、ウソをつかないと、円滑な社会生活を送れないらしい。
 だったら僕は、虚偽まみれの世間に適応など願い下げだよ。不適合のままドロップアウトを選ぶね。俗世の喧騒や寸劇を静観し、あざ笑ってやろう。
『ハッキング』という便利玩具を使って、ね。
 他人がひた隠しにする汚点をかいま見るのが愉快痛快なのは、周知の事実だろう。
 津々浦々には雑多な電子データが氾濫している。クラッカーにとって宝の山であると同時に、遊び道具に事欠かないってことだ。のぞき見がやみつきになるのも、うなずける。
 彼らは内心、こう思っているに違いない。
 ――電脳パラダイス万歳、と。
 そしてくしくも、僕にはコンピュータネットワークを介して秘密を暴く技術が備わっている。ハッキング技能は独学で習得した。幸か不幸か、無尽蔵に近い暇があったから。
 極論を述べると、睡眠欲と折り合いさえつけば、二十四時間ネットの海に潜っていられる。
 僕は中学校の入学式だけ顔を出して以来、通学していないのだ。近しい年のガキを一箇所に収容して服装を統一し、画一的な教育を施す。僕には『しつけ』という大義名分のもと、取り替えのきくパーツを量産する、養鶏場に思えた。
 義務教育なんて小学校で充分。九九を会得しさえすれば、学びたいことはネット上でググるだけで事足りる。
 とにもかくにも僕は中学へ行っておらず、日がな一日自室にこもっている。「不登校児」でも「ヒッキーくん」でも「ニート予備軍」でも、好きに呼ぶといい。ハックに明け暮れ、人の恥部をひそかに眺めて悦に入る。時折混沌を蔓延させたりもするけど、ご愛嬌だろう。
 それが僕の生活すべてだ。
 一点だけ勘違いしてもらいたくないのが、僕は破壊活動に手を染めない。
 人間社会に愛想を尽かしているのは事実だ。されども『木っ端微塵に粉砕してやる』という危険思想とも、ましてや『人類を聖なる方向へ導く』などという偽善的かつ途方もない骨折り損なんてご免こうむる。
 僕は裏事情をかいま見るだけで充足感を味わえるのだ。実にエコだろう?
 ただしハッキング完了の記念として、戦利品をいただくことにしている。なんの変哲もない物ばかりだけれど。
 変顔の自撮り画像や、書き損じて永久封印中のラブレター、仕事サボって練り上げた穴ぼこだらけの旅行プランとか、だ。
 あるとき僕は肩慣らしに飽き飽きして、大物を狙うことにした。
 自衛隊サーバーだ。
 とはいっても中央の統合幕僚監部とかじゃなく、地方の小さな基地を標的にした。
 結論から述べると、侵入に成功。国防機関というだけあって、ちょろい市民や一般企業よりも綿密な防壁組んでたけど、全く隙がないわけじゃない。
 加えて僕は粗探しがライフワーク。脆弱な部分など苦もなく見抜ける。
 システムに入りこんだはいいものの、スキャンダルめいた機密はなかった。拍子抜け。例のごとくプログラムをこねくり回すなんて野暮はせず、取るに足らない粗品をちょうだいする。
 森の中で若い男性隊員が、ヘリコプターを背景に尻を出すセミヌード写真だ。
 国防というお題目で血税もらう隊士が、狂喜乱舞でケツを見せる。ギャグセンスのかけらもなくて、失笑を禁じ得ないよ。成人式で暴徒と化す若人並みだ。
 遠からず我が国は衰退し、やがて滅亡するだろう。手ずから引っかき回すまでもない。
 僕は生涯傍観者として、大根役者が織りなす醜悪な喜劇を座視し続けてやろう。

√ √ √ √ √

 とりとめない物思いにふけりつつ、バッハ作曲『G線上のアリア』をヘビロテしていたときのこと。僕宛てに一通のメールが届いた。
 件名は『折り入ってご相談です』。スパムのにおいがするものの、ウィルスのたぐいは検出されない。興味本位で本文を眺めてやることにした。

『拝啓 ナナシ様

 はじめまして。私はハンドルネーム、〈影法師〉と申します。
 商売のお話がしたくて居ても立ってもいられず、こうして突然ご連絡差し上げました非礼を、お許しください。
 大変ぶしつけなお願いではありますが、貴殿が先日入手なさった自衛隊の写真データを私に譲っていただけないでしょうか。
 つきましては「無償で」などと申しません。
 報酬15万円でいかがでしょうか。
 寝耳に水と存じますけど金額の交渉等を含め、折り返しご連絡いただければ幸いです。

 敬具』

 僕は一も二もなくメールを廃棄した。ついでにケツの丸出し画像もデリートする。
 奇怪さが半端なかったから。
『ナナシ』という名についてだけは、食指が動かないでもないけど。
 僕は無名でハッキング活動にいそしんでいる。そこで苦肉の策として『名前がないやつ』に不時着したのだろう。
 降ってわいた話ではあるものの、今後は『ナナシ』で統一するのも悪くないかもな――って違う。この面妖なメールについて検証せねば。
 いくつも疑問点が浮上する。
 まず第一に、どうやって僕の軌跡をなぞったのか。
 僕がずぶの素人に尾行を許す、なんてポカやらかさない。ハック対象が矮小であれ、注意をおこたらないから。高度な隠遁術さえ看破するほどの猛者か、あるいは油断していないつもりでも慢心がどこかにあったのか。いずれにせよ、気を引き締めないといけないな。
 これは第二の疑義にも直結する。
〈影法師〉なる人物は、僕のメアドをどのようしてゲットしたのか。ランダムとか幸運なんて、あり得ない。種も仕掛けもある手品だろう。現時点では見当もつかないけれど。
 最後のうろんな点。男性隊員の尻出しショットに、なぜ15万もの大枚をはたくのか。
〈影法師〉の性別は女性で、男の引き締まったヒップにただならぬ関心がある――なんてことはないね。僕には察しがつく。このメールの差出人は男だ。
 とどのつまりホモに違いない。僕にまで魔の手を伸ばそうとたくらんでいたりして。
 極論に至り、僕の背筋に悪寒が走る。
 不審人物とかかわり合いになると、お先真っ暗。僕の第六感が、しきりに告げていた。

√ √ √ √ √

 その後〈影法師〉からの連絡は途絶えて音信不通になるどころか、ひっきりなしにメールがきた。ときには打診に対するやんわりとした催促だったり、『僕の動向を逐一監視している』と言わんばかりの最新ハッキングをたたえる賞賛だったりと、バラエティに富んでいる。
「僕はクラッキングならぬ、ストーキングをされているのかもしれない」
 片っ端から既読無視する傍ら、最初のうちはこんな軽口をたたくこともできた。
 しかし引きも切らず送付される近況報告メール(主体はやつでなく僕だ)を開くたび、だんだん気が滅入ってくる。自室にこもっているのに、他者の視線を感じるのだ。
 上から目線で散々講釈垂れたが、もしや〈影法師〉のほうが高位ハッカーでは?
 そんな疑問が頭にこびりついて離れない。ノイローゼになりそうだ。
 僕の懸念が真実であれば、月並みな迷惑メール対策をしたところで焼け石に水だろう。手を変え品を変え、じりじり包囲網を狭めてくるに違いない。
 こういうのを『貞操の危機』と呼ぶのだろうか。
 うぅむ、背に腹は代えられない。攻撃は最大の防御なり。
 僕は〈影法師〉の尻尾をつかむことにした。幸いにしてメールアドレスという取っかかりがある。こいつを足がかりに同性愛野郎を撃退してやるのだ。
 メアドのサーバーはダミー工作が施してあった。当然といえば当然か。
 僕の見立てでは〈影法師〉も特異な能力を有するクラッカー。僕と同じ【ウィザード】級か、ワンランク上の【デミゴッド】クラスである可能性が、極めて高い。だったら居場所を悟られにくくする対策の一つや二つくらい、講じてしかるべきだろう。
 ただし突貫工事だったのか、偽装にずさんな点があった。経由している本命サーバーの糸口が残っていたのだ。
 僕は一縷の望みを託して、手がかりを追う。
 大げさな表現を使ったけど、不思議と気分が高揚していた。宝探しをしてる感じだったから。これまで幾度となくハッキングをしてきたけど、こんな心境になったことはない。
 敵が得体の知れないトリプルAクラス(推定)の豪傑だから、かな。
 中継局を二転三転し、本拠地とおぼしき地点へ到達。意外なことに相手は日本在住らしい。
 これだけの情報では〈影法師〉を日本人と断定不能だ。偶然滞在しているだけの渡航者、という線だってあるから。
 どっち道つま先までは食らいついた。あとはじっくり敵さんの全容を拝むだけ。
〈影法師〉の居城に足を踏み入れた途端、トラップが作動した。侵入者の迎撃用だろう。僕の不正アクセスを遮断しにかかる。
 警戒心を研ぎ澄ませていただけに、難なくいなした。続けざま、第二の仕掛けが発動する。これも無事よけた。
 二重三重に張り巡らせた圧巻の防壁だ。入念なまでの罠の数々から察するに、〈影法師〉は潔癖症なのかも。
 多彩なトラップは洞窟の奥に眠る秘宝を死守すべく、趣向が凝らされている。おかげで僕はトレジャーハンター気分を味わえた。知恵比べで白熱する相手は、希少だ。
 僕は最高のパフォーマンスをし、ネットワークの奥底へと達した。敵の個人情報が詰まっていそうな区画を発見する。今の僕には、輝かしい宝箱に見えた。
 適度な興奮状態でフォルダにアクセス。
 宝物庫の中にはテキストファイル一つしかなかった。しかもデータ容量がわずかだ。マクロウィルスなどでイタチの最後っぺでもする算段だろうか。
 ファイルをオープン。
 僕の予想が裏切られた。中には五行の文章及び、英数字一行の羅列しかなかったのだ。

『コングラッチュレーション。
 ナナシくんなら全トラップをかいくぐれると思っていました。
 その根拠を知りたいかな?
 一報もらえたら包み隠さず教えると約束します。下記が私の連絡先。
 ボイスチャットでとことん語り尽くしましょう』

 僕に宛てた招待状だ。ハッキングされるなんて織りこみ済み、ってことか。
 これすら罠かもしれない。けどそんなことは瑣末だった。
 いつしか僕は、好奇心を覚えていたから。宿命的に『〈影法師〉と会わねば』と思った。
 それが転落の第一歩になるとは、つゆ知らず。

√ √ √ √ √

〔続く〕

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喜田真(きだまこと)

喜田真(きだまこと)

凡才の小説家もどき。 コスパいいガジェットやフリーソフトに目がない。 趣味レベルでプログラミングも嗜む。 [詳細]