喜田真に小説の才能はない

執筆を楽しんで書き続けるプロ作家志望者のフロンティア

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サイバークライシス 11話

[ノーネームの黎明期]②

「あんたがご所望のケツ出しデータな、跡形もなく消し去ってやったぜ。悔しいか」
 僕は開口一番、強気に出てやった。
 人間、第一印象が強烈に脳裏に焼きつくという。ならば虚勢であっても、こちらが上位存在と知らしめておくべきと思ったのだ。
『そいつは一本取られた』
 言葉と裏腹に、通話先で相手が笑うのを感じた。
 僕の先制攻撃は空振りしたらしい。出ばなをくじかれた格好だ。
 応対を第二フェーズへ移行する。相手の言動を紐解き、対抗策を考案しなくては。
 中性的な声音だった。音声通話のみのボイスチャットでは、素性がつかめない。性別が男女どちらなのかも。ただし声のハリから、年齢は僕と大して違わないんじゃなかろうか。
『何はともあれ連絡してくれて、うれしいよ。私が君の熱狂的ストーカー、〈影法師〉だ』
 やっぱりか、と思って二の句を継げなかった。この野郎、あくまで僕の体目当てか。
『というのはざれごとさ。君と語らいたかったのは真心から思っていたけどね』
 食えないやつだ。警戒レベルを引き上げるべきか。
「僕も聞きたかったよ。僕のハッキングの調査方法さ。痕跡は消しているはずなのに」
『私も君も幽霊じゃあない。生きとし生ける者である以上、呼吸音一つなしなど到底不可能だ。どこかしらに証は残る』
「答えになってないぞ。どうやって僕の足取りを追ったんだ」
『企業秘密、ということで一つよろしく』
 会話したばかりというのに、もうリンクを切断したくなった。
『ほかに尋ねたいことはないかな』
「僕が削除した写真に、大金を払う値打ちがあったのか」
『逃がした魚は顧みない主義なんだけど、答えるよ。イエスだ』
「あんたのクライアント、男のケツを欲してやまないマダム、とかか」
 あえて「あんたはホモセクシャルか」とは聞かなかった。「うん」などと即時応答されるとシャレにならないから。
『さぞや絶倫の淑女なんだろうな。いやはや、そっちを注視するとは。君はユーモアのセンスもひとかどなんだね。くくく』
〈影法師〉は笑い続けていた。
 ものすごく不愉快になり、僕の声音はとげとげしくなる。
「笑ってないで真相を教えろ。でないと切るぞ」
『ああ、すまなかった。新機軸の観点だったものだから、つい。ごほん。例の写真で私が着目したのは、バックにあるヘリコプターさ』
「ヘリ?」
『うん。あれは書類上配備されてないはずの無人攻撃機なんだ。予算の締めつけで貧弱にならざる得ない装備品に業を煮やして、秘密裏にどこぞの業者から納入させたんだろう。第三国、という可能性もなきにしもあらずだけどね。どちらにせよ兵器売買を生業とするビジネスマンにしたら、新規顧客開拓のビッグチャンスというわけさ』
 武器の売り買いを生活の糧にする者たち――死の商人か。
 例のデータ、破棄して正解だった。人の生死を軽んじて飯の種にする輩は、有名無実の美談で余人から金を巻き上げる詐欺師より数段劣る。
『弁明じみているが、私としても乗り気じゃなかったんだよ。巡り巡って地球の反対側で罪のない女子供が犠牲になるかと思ったら、寝覚めが悪いし。情報の横流しによって得られる利潤に目がくらんだのは確かだけどね』
 最低限の道徳観はあるのかな。であったとしても、無条件で信用に足る相手でもないが。
『私の目的は転売のほかに、もう一つあった。こっちはプライスレスだけど、私にとってのどから手が出るほど欲しいものでもある。ナナシくん、君と話をする口実だよ』
「は?」
 ソロバン勘定で終始するかと思いきや、雲行きが怪しくなった。
『私は前々からナナシくんをマークしていてね。おや――今更だけど、君のことを「ナナシ」くんと呼称していいのかな』
「構わないから続けろ」
『じゃあ仰せのままに。私はナナシくんと対話したかったんだよ。けどきっかけがない。そこへきて、君が自衛隊基地サーバーへの違法アクセスを敢行。渡りに船と思ったね。ギブアンドテイクにかこつけて、接触を図ったわけだ』
「いきさつなど、この際どうだっていい。なぜあんたは僕の身辺をしつこく嗅ぎ回った。警察関係者なのか?」
『私が捜査機関に属すか、だって? やめてくれよ。あんな無能連中と十把一絡げにされたと思うだけで、胸くそ悪くなる』
 少なくともこいつは警官を敵視してるらしい。敵の敵はなんとやら、かな。
『私がナナシくんに感銘を受けたのは、ハッカーとしてストイックだったからさ』
「僕は『自分がストイックだ』なんて感じたことないね」
『君は自覚しなくていい。所詮評価なんてものは第三者が自己基準で下すものだ』
 こいつ、こんにゃく問答がしたいのだろうか。
『ナナシくんは己の技術を練磨するため、日夜ハッキングにいそしんでいる』
「買いかぶりだ。僕は他人の裏側が知りたいだけ。その結果としてハックの腕を磨いたにすぎない。敵の守備が硬くなるにつれ、侵入難易度が高まるからな」
『過程に執着する気はないよ。私は結果のみを、そんたくする。君はハッキングで常勝無敗だ。それこそが最重要。そして己の成功体験をひけらかしたりしない。これを「禁欲的な職人気質」と表現することは誤っているだろうか』
「別に間違っちゃいないけど……」
 うなじの辺りがむずかゆくなる。こいつ、僕を色メガネで見てないか。
『理屈っぽかったが、要はナナシくんのハッカーとしてあるべき姿に魅せられた、というだけの話だよ。ややこしく考えないでくれ』
 僕は人から疎まれることはあっても、手放しで褒められることと無縁だ。
 だからかな。『うれしい』などと感じるのは。照れ隠しもあって話題の転換を試みる。
「あんたの根城――結果的にパチもんだったけど――あそこの防壁は、あんたが組んだのか。出来栄えはまずまずだったぞ」
『そうだ――と言いたいところだけど、残念ながら違う。私のITスキルなんて、ナナシくんに及ぶべくもない。ツールを使ってのクラッキングが目いっぱいだよ』
「そんじゃ誰が」
『知人数名の合作さ。私はマネジメント担当でね。〈影法師〉ってハンドルネームも、ここに由来する。私は表舞台で華々しく光を放つハッカーを陰から支える、地味な黒子なんだ』
 黒子、ね。物は言いようだ。
 ハッカーを『光』でなく『マリオネット』になぞらえれば、やつは糸を手繰って自在に人形を操る傀儡子になるのだから。
 にしても複数人による集大成だったか。思い返せば整然としたコントラストの中に、微妙なテイストの差異があった気もする。誤差の範疇ではあったけど。
『失望したかい?』
「ああ。正味な話、がっかりだ」
『くふふ。君の素直さ、私は好きだよ』
 ふん、「好き」ときたよ。油断も隙もありゃしないぜ。こいつのゲイ疑惑、完全に払拭したわけじゃないんだ。たやすくオープンマインドすると思ったら、大間違いだぞ。
「あんたの知り合いとも、僕の情報を共有しているのか」
『それはない。ナナシくんへの関心は、私の個人的情熱だ。情動を他者と分かち合おうなんて思わないよ。仲間とは役割を細分化した分業制にしてあるものの、各々の領分を超えたことについての詮索はタブーでね』
 こいつの口ぶり、集団の上層部――あるいはハッカーグループのヘッドかもしれない。
 僕はまかり間違っても『こびを売りたい』なんざ思わないけど。
「ならコーディング担当者も、最終形がどんなプログラムか把握してない、とでも言うのか」
『「我が意を得たり」と評すべきかな。さすがに君は飲みこみが早い』
「頭空っぽにして、せっせとキーボードたたくなんて、僕はまっぴらだね。そんなもん、機械任せのほうが、はるかに能率いいし」
『同感だよ。私も気概なしのマシンにはなりたくない。ナナシくんとは馬が合いそうだ』
「そうかなぁ。僕はそりが合わないと思うぜ。誰にも従わないし、誰も従えない。それが僕のモットーだ。お友達とおててつながないと何もできない、でくの坊じゃねえし」
『ふむ。むべなるかな、か。私は弱者だ。一人でできることなど微々たるもの。ただし老婆心ながらアドバイスすると、己のもろさを直視するのが長生きの秘訣だよ、一匹狼くん』
「ご高説痛み入るよ。んで、話はもうおしまいでいいか」
 僕のすげない返事に〈影法師〉は腹を立てることなく応じる。
『最後にもう一つだけ、私から提案がある。手を組まないか、ナナシくん』
「『軍門に下れ』なんてほざくつもりじゃないだろうな。だったら先に言っておく。ノーだ。僕は誰の指図も受けつけない」
『早計は身を滅ぼすぞ。私は君と主従でなく。イーブンな間柄でありたいんだ』
 僕はボイスチャットの切断準備を中断し、
「ふーん、対等な関係ね。聞くだけ聞こうか」
『総括すると、ナナシくんは個人・団体を問わず、ハッキングする対象がありさえすればいい。あとは君独自のメソッドで好き放題侵入する。そういうわけだろう』
「厳密には違う。忍びこむ相手の規模はどうだっていいが、敵のステータスにはこだわりある。弱いやつと渡り合うなんて時間の無駄。対戦相手は強いほど燃えるからな」
『なるほど。難敵をご所望、か。ますます気に入ったよ。私はたぐいまれな不世出のハッカーと提携したい。君は熾烈な戦いを求めてる。まさに利害の一致だな』
「話が見えないんだが」
『なあに、単純な話だよ。私は侵入対象を見繕う。君は己の信ずるがままに、のぞき見をしてくれればいい。ただし忍びこむ経路――バックドアだけは確保して欲しいんだ。あとは我々の手順で仕事を遂行するから』
 僕は腕を組んで天井を仰いだ。こいつの話を咀嚼する。
「つまりあんたが取りそろえた敵に対して、僕はハッキングするだけでいいのか。あとのことに関しちゃ、ノータッチで間違いないんだな」
『ナナシくんの理解で正しい。これも一種の相互扶助さ。私は情報収集等の下ごしらえが得意で、君は裏口から抜き足差し足することにたけている。互いのお家芸を持ち寄った、Win―Winの関係だね。もちろん無理強いはしない。やめたくなれば、即座に提携を解消しよう』
「分かった。いったん検討する」
『決心したら、またこの空間でミーティングしよう。色よい返事を期待している』
〈影法師〉が音声通話を切った。

√ √ √ √ √

〔続く〕

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喜田真(きだまこと)

喜田真(きだまこと)

凡才の小説家もどき。 コスパいいガジェットやフリーソフトに目がない。 趣味レベルでプログラミングも嗜む。 [詳細]