喜田真に小説の才能はない

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サイバークライシス 15話

[ノーネームの黎明期]⑥

 超法規的措置とやらが適用され、僕は少年院送致にならなかった。
 その代わり課せられた奉仕作業がある。
 機動性と独立独歩を売りにした公安の秘匿部隊――〈千里眼〉に所属して、サイバー犯罪の取り締まりを補佐することだ。といっても隊員は僕と宍戸のみの極小集団。宍戸刑事の捜査を陰から支えるのが、おとがめなしの必須条件らしい。
 もっとも、メインは僕であってサブは宍戸だけどね。
 やっていることは指定された対象をハッキングして道筋を作り、ときにはデータを抽出する。〈エピタフ〉とつるんでたころと寸分たがわなず、指揮系統が警察に移譲されただけ。
 僕は記録上、『少年院で更正中』ということになっている。〈千里眼〉で犯罪の捜査に関与していることを知る人間は、警察内部でもごく一部だ。
 公文書のうえで僕は、〈ノーネーム〉ならぬ『ノーフェイス』なのかもしれない。
 警察の子飼いで、命じられるままにハックを続ける僕。〈エピタフ〉と結託していたときと比較すると、胸躍らない案件が増えた。
 素人に毛が生えたような生兵法的セキュリティ網をかいくぐったり、ハッカーとは名ばかりのビッグマウス野郎を成敗したのも、一度や二度じゃない。それらを鮮やかにこなしたところで、無報酬だし褒章なんかとも縁がなかった。
 だって悪童の僕が捜査関係者だなんて、世間にお披露目できないもの。
「よくやったな」
 宍戸だけは毎度律儀にねぎらってくれるけど、やつは日本警察の規範や規律と一線を画する異端者だし、特例とするのがフェアだと思う。
 では〈エピタフ〉時代が恋しいか、と問われると僕は返答に窮する。
 確かに毎回ジェットコースターみたいな興奮があった。〈エピタフ〉は僕の腕を正当に評価してくれたとも思う。だがやつは腹の底で僕を欺き続けた。
 対して宍戸はどういう人間か。やつも僕を立身出世のために利用――なんてことはない。
 宍戸は基本的に裏表ない人間だもの。というより僕の見立てでは、別の思惑を胸に秘めつつポーカーフェイスできるほどの器用な男じゃない。
 ずけずけと遠慮斟酌なく、僕のパーソナルスペースに入ってくる。僕の生い立ちを質問攻めしたり、気を引こうと土産を持参することもあった。
 低能アラサー男をあしらうのは、ほとほとうんざりだよ。
 貝のごとく口を閉ざして、質問を無視し続けたこともあった。差し入れの菓子を投げ返したこともある。暴言を浴びせた回数だって、両手じゃ足りないくらいだろう。
 それでも宍戸はめげない。僕になれなれしく接してくる。
 根負けして、僕が身の丈話をしちゃったこともあるくらいだ。捜査官特有の粘り強さがそうさせるのだろうか。僕には理解しがたい。
 あと宍戸に関して、一目置く特性がある。
 僕に対して安易なブラフやハッタリを述べない点だ。
 お調子者じみた発言させたらキリがない。品のなさとよく回る舌の具合は、他の追随を許さないんじゃないかな。あいつは生粋の道化師かもしれない。
 ピエロの星の下に生まれた宍戸だが、僕をないがしろにする虚言を吐いたことは一度たりとない。僕の言動が不快なら気兼ねせず表明し、自分の誤りは真摯に謝罪する。
 最初のうち僕を手なずけるパフォーマンスか、と勘ぐった。だって『正直』は美徳でもなんでもなく、愚行も同然なのだから。だがしかし僕の読みは筋違いだったらしい。
 来る日も来る日も宍戸は、僕にガチンコで当たってきた。バカの一つ覚えかよ、って思わずにいられなかったね。〈エピタフ〉とは正反対だ。
 やつは公私混同を良しとしなかった。線引きしたうえで、互いの領域に一切干渉しない。
〈エピタフ〉の距離感が最良だったはずなのに、僕も知らず知らずのうちに感化されたらしい。いや、『毒された』が適切かもしれないな。
 宍戸との関係性も悪くないなどと、とんちきなことを考える自分がいるのだから。

 怜悧で知性にあふれ、僕の望むおもちゃを惜しげもなく与えてくれたものの、最終的に自己都合で僕を切り捨てた〈エピタフ〉。
 人間臭くてスマートとは言いがたく、次から次へと厄介ごとを押しつけてくるものの、僕を一人の仲間として分け隔てなく扱う宍戸。

 どちらも一長一短だ。二者択一で選べと言われたら僕は――

√ √ √ √ √

「……きろ、……シ。起きろって、ナナシ」
 体を揺すぶられ、僕はアイマスクをずらした。
「まぶ、しい」
 いつの間にか室内の照明が点灯されている。
 誰だ、人の安眠を阻害する罪深い野郎は。
「『果報は寝て待て』っちゅーけど、とっておきの優れものを持参したぜ」
 何べんも聞いたことのある声音だった。明るさでまぶたをろくに開けられないけれど、僕は大罪人の特定に成功する。
 僕を使い走りにする諸悪の根源であり黒幕――宍戸だ。
「どーせ毒にも薬にもならない食い物、とかじゃねえの」
 宍戸は噴飯したらしい。
「甘酸っぱくて魅惑の味がするかもしれないな。場合によっちゃ、劇物たりえるけど」
「僕はゲテモノスイーツなんかにゃつられないぞ」
 僕はリクライニングチェアで上体を起こし、手の甲で目元をこすった。
「おまえ、まだ寝ぼけてんな。俺は〝女の子〟を連れてきたんだよ」
「とうとう辛抱たまらなくなって、誘拐したのか。悪事を取り締まるはずの警察官が率先して罪を犯すとは、世も末だな。アンゴルモアの大王がやってくる前兆かもしらん」
 かすんでいた視界が、やっと鮮明になってきた。
「『誘拐』とか、おまえなんてこと言及しちゃってんの!?」
 宍戸が目を白黒させた。
「上司からガミガミどやされ、鬱憤がたまりにたまっていたのだろう。警官とて公務員である前に一人の人間だ。理性が本能――性欲に屈服することもある。だがな、悪いことは言わない。自首しろ。そして僕の名は口外するなよ。おまえの自滅という線で同僚に許しを請え」
「おまえな……俺を性犯罪者におとしめるばかりか、知らぬ存ぜぬの一点張りとは。そこまで薄情者とは思ってなかったぞ!」
「僕も信じたくない。相棒がまさか幼女を連れ去るとは、な」
「誰が幼子をかどわかすかよ。招待したのは、女子高生と女子中学生の二人だ!!」
 目くじら立てる宍戸が、つばを飛ばして抗議した。
 おっさんの唾液の不潔さに、僕は顔をしかめる。
「JKとJC、だと? 金銭を介した双方の合意があるのでセーフ、なんて強弁しないよな。どちらにしろ未成年女子とのただれた関係であることは――」
 僕は口をつぐんだ。宍戸のまなざしがアサシンみたいに鋭利だったから。やゆ混じりの失言を続けると、首を絞められかねない。
「ってのはジョークだ。やむを得ないな。詳しい話を聞こうじゃないか」
 やれやれ、だよ。こいつとの狂おしいバカ騒ぎは、当分終わりそうもないらしい。

〔続く〕

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喜田真(きだまこと)

喜田真(きだまこと)

凡才の小説家もどき。 コスパいいガジェットやフリーソフトに目がない。 趣味レベルでプログラミングも嗜む。 [詳細]