喜田真に小説の才能はない

執筆を楽しんで書き続けるプロ作家志望者のフロンティア

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サイバークライシス 16話

[エピタフからの刺客]①

 血色の悪い少年はトリプルモニターの右端に目を向けた。
 窓がなく壁も天井も真っ白で、出入口は向かい合わせの面に二つ。中央に長方形の机、イスが六脚だけのうら寂しい部屋が映しだされている。
 その小会議室にセーラー服をまとった少女二名が、隣同士で着席していた。
 一人は黒髪ロングで美白肌、細身の女子高生、もう一人は茶色ショートヘアにカチューシャをはめた健全そうな女子中学生。制服は同タイプなものの、胸のスカーフが異なる色だ。
 少年は長机をズームアップする。
「二人とも、写真よか器量よしの上玉じゃん。中身は推して知るべしだが」
 美少女たちはバイトの面接で訪問したっぽくも見える。
 されど不穏さを醸し出すオプションがあった。
 まず彼女たちは目隠しされている。加えて両耳をふさぐヘッドホン。極めつけが両腕を拘束する銀色の手錠だ。二人とも五感と腕の自由を制限されている。
 自身のたどる末路に一抹の不安がよぎるのだろう。二人は手をつないでいた。
 少年が生つばを飲みこむ。
「にしてもこのアングル、背徳的なエロスがあるな。コアな層に高値で売れるかも」
 彼はマウス操作で映像の録画準備を万端にした。ワンクリックでRECってところで、踏ん切りがつかない。彼には直近の未来が予知できたのだ。
 録画映像を没収され、ガミガミ喝破される自分の姿が。
 頭が硬い偏屈上司に仕えるなどツイてない、と嘆いて少年はマウスから手を離す。
 うわさをすればなんとやら。二つある扉のうち、片方が開いて男が入室した。
 三十路前後の風貌でネクタイなしのスーツを着用、服装が全般的にくたびれている。年季が入っている、といえば聞こえはいいが、単に手入れを怠った成れの果てだ。
「にひっ。跳ねっ返りどもをどう料理するか、お手並み拝見だな」

√ √ √ √ √

「お邪魔しまーす」
 緊迫感をご破産にする、間延びした青年の声色が室内に響いた。
 彼のかけ声に、着座中の少女たちは返答しない。男は、耳目をふさがれた彼女たちの背後に歩み寄る。左右の手で二人のヘッドホンをいっぺんに外した。
 少女たちの鼓膜に空気の振動が届くようになる。
「長らくほったらかしで悪かったね。手続きはつつがなく終了したよ」
 言うなり、アイマスクを取る。ついでにスーツのポケットからカギを出し、手錠も解封。
「…………」
 黒髪ロングの美少女が腕をさすりつつ、辺りに視線を巡らせた。
「ミカお姉さま、おケガありませんか」
 ショートカットの乙女が気遣わしげに隣の黒髪少女、ミカの全身を眺めた。
「ええ、ノエル。うっすら手錠の跡が残ったくらいかしら」
 ミカの回答を聞くなり、短髪少女のノエルが男をねめ上げる。
「おい、おっさん。お姉さまの柔肌に束縛痕つけて、ただで済むと思ってるのか」
 ノエルの迫力に気圧された男は、やや及び腰になる。
「え、と。じゃあいくら払えば」
「援交じゃねーぞ、エロオヤジ。慰謝料なんかで解決したら、警察いらないだろうが」
 ノエルの発言で男が本分に立ち返る。
「呼んだかい。その警察ってのは、俺のことなんだが」
 論破されてノエルは黙りこくった。
「わたくしに成り代わり憤ってくれるのはうれしいけど、少し頭を冷やしなさいな、ノエル。わたくしたち〈虚数アビス輪廻ルート〉は咎人で、宍戸さんは国に魂を売った犬っころなのですから」
 ミカが仲裁らしきものをした。
「『走狗』というニュアンスを含めたのかな。言い知れぬ悪意を感じるね」
 ずぼら男、宍戸のツッコミを黙殺して言葉を継ぐミカ。
「わたくしたちは何をされても文句を言えません。たとえば強面の公僕たちに輪姦、とか」
「ちょっとちょっと、お嬢さん。とち狂った誹謗中傷はやめてくんない!? 公正の番人である警官が、いたいけな女の子にやましいことするわけないじゃん」
「クソオヤジ、よくもお姉さまを半狂乱扱いしたな。死んで償え」
 当惑した宍戸が、牙をむくノエルと涼しい顔のミカを交互に見やる。
「あとミカお姉さま、口を慎んでください。あたしならまだしも、気高いミカお姉さまが尻軽ビッチと思われでもしたら、我慢なりません」
「以後気をつけます。言葉を返すようだけど、ノエルも自分をおとしめるものではありません。あなたこそ、まごうことなき純潔乙女なのですから」
「お望みとあらば、あたしはいつでも穢れなきこの身を捧げます」
 ノエルはつぶらな瞳の奥にハートの光を宿した。
「うおっほん」
 話の主導権を握り返したくて、宍戸が作為的に大きなせきをした。
「君たちを招いたのはほかでもない。先輩との初顔合わせのためだ」
「ふぅん。先輩、ですか。ただの挨拶にしては、物々しい情報封鎖でしたね」
 すかさずミカが皮肉った。
「ここは部外者立入禁止なんだ。ざっくばらんに言って、俺たち〈千里眼〉は政府公認の部隊じゃないんでね。無論、ここも警察の敷地から遠く離れてるよ。場所を気取られたくなくて、視覚と聴覚を封じさせてもらった」
「であれば、よかったのですか。わたくしたちの緊縛を解いて」
「ノープロブレムさ。俺らが許可しない限りは、この建物から脱走できないからね」
 宍戸は机を迂回してミカの正面席についた。通話状態のスマートフォンを懐から抜く。
「ほら、おまえの出番だぞ。くれぐれも後輩のお嬢さんたちに待ちぼうけさせるなよ」
 宍戸がスピーカーフォンにして、スマホを印籠のごとくかざした。
 ミカとノエルがいぶかしむ中、
『あー、あー、あー。本日は晴天なり』
 スピーカーからマイクテストらしき音声が響く。
 声変わりしたての少年の声だ。緊張のせいか、言葉の端々が若干硬い。
『ふ、フハハ。不良娘ども、ようこそ我がアビスへ。僕はナナシ。おまえらの偉大なる先駆者だ。自らの愚昧さと卑小さをわきまえ、僕を心の底から敬うといい』
 ミカ&ノエルはあっけにとられている。
『へ、返事はどうした。分かったら「サーイエッサー」と言え。これだから礼儀のなってないメス犬は鼻持ちならないんだ』
 少女たちは狐につままれたような面差しだった。
「えぇと、宍戸さん……彼が『ひとたび侵入を試みると盗めぬ情報なし』と目される、高名な〈ノーネーム〉のナナシ、ですか」
 頭上にクエスチョンマークが旋回するミカが、念押しした。
 問われた宍戸は体をくの字に折り曲げ、笑いを噛み殺している。
『なんだ、これ。なんか僕、ダダ滑りみたいになってるぞ。貴様が「ウケをとれる」って請け負うから言ったのに。責任取れ、天パーデカ』
「責任も何も、俺は彼女らのコンビ名にかけて『アビスへようこそ』と言ったら、インパクト出るとは思ったよ。でも残りはおまえのアドリブじゃん。『フハハ』なんて誰を模倣したのか、逆に聞きたいぜ。自らの失策を俺に転嫁しないでくれるかな」
「衝撃的では、ありましたね。快いかどうかは別問題として」
 ミカの一言が決め手となったのか、スピーカーの声音がわめき散らす。
『末代までの赤っ恥だ。絶許だぞ、少女誘拐犯の宍戸!』
「ナナシ、上長に向かって呼び捨てのうえ、『誘拐犯』とは何ごとだ。尻たたきの刑に処されたいようだな」
 宍戸が勢いよく席を立った。
『ふふん。やれるものならどうぞ』ナナシは自信をにじませた。『ただミーティングルームの制御は僕が掌握済みなこと、お忘れなく。ドアは二つともロックさせてもらった。どーだ、手も足も出まい』
「俺たちを閉じこめて、おまえは何がしたい?」
『観察するだけさ。飲まず食わずで人間は、どのくらいの時間正常な思考を保ってられるかを、な。たがが外れて小娘どもと乱交祭りなんてなったら、願ったりかなったりだぜ。即刻貴様の直属のボスに録画映像送りつけて、懲戒免職にしてやる』
「お姉さま。このマセたガキ、息の根止めてよろしいでしょうか」
 いきり立つノエルの肩にミカが手を置く。
「お待ちなさい、ノエル。気持ちは分かりますが、抑えて。宍戸さんには現状を打破するすべがあるようですから」
 当の宍戸は先ごろ入ってきたドアへと歩を進めている。
『ぬふ。悪あがきするつもりか。無力感にさいなまれるだけだぜ。それよか無様に裸踊りでもしてみろよ、大将。僕の気分が変わって、うっかり解錠してやるかもしれないぞ』
 ナナシは空虚な折衷案を述べた。
「手は借りない。経験則でおまえがトラブルメーカーなことくらい、学習しているからな」
 宍戸はスマホを耳に当てながら、ドアノブに空いた手をかけた。
『無駄な努力、お疲れ様です。ゴリラ並みの怪力なら、こじ開けられたかも――』
 勝ち誇ったナナシのセリフが途切れた。やすやすとドアが開いたのだ。
『う、ウソだろ。あんたの腕力じゃ、のれんに腕押しのはずじゃ』
「ちょいと知力を使えば、腕っ節なんかいらないんだよ」
 宍戸がこめかみを指先でとんとんたたいた。
「ナナシに限らず、お嬢さん方も覚えておくといい。デジタルが万能、という固定観念は捨て去るべきだ。でないと、こういう小手先じみたトリックで出し抜かれるから。何ごとも実体を伴ってこそ任務完遂、と安堵しなくてはな」
 宍戸が押し開けた扉がロック状態になっている。事前にカギをひねっていたのだ。
『でっぱりがストッパーになって、のっけからドアが閉まりきってなかったのか。小ざかしいアナログ人間め。よくも僕にぬか喜びさせてくれたな』
「おまえが早とちりしたんだろうが。ふっ。さあて魅惑のお仕置きタイムだぞ、ナナシ」
 宍戸はしたり顔で、口角をつり上げた。

√ √ √ √ √

〔続く〕

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喜田真(きだまこと)

喜田真(きだまこと)

凡才の小説家もどき。 コスパいいガジェットやフリーソフトに目がない。 趣味レベルでプログラミングも嗜む。 [詳細]