喜田真に小説の才能はない

執筆を楽しんで書き続けるプロ作家志望者のフロンティア

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サイバークライシス 18話

[エピタフからの刺客]③

「〈ノーネーム〉ってえと、うちらの前任者だった青二才でしょ。あんたが見定めた獲物への先陣を切る役目を担っていた」
『肯定する。ちなみに顔立ちはこんなだよ』
 銀髪女の持ち物であるタブレット端末の画面に、画像データが転送された。
 年端もいかぬ少年の顔写真だ。
「う~わ。ションベン臭いガキね。うちの恋愛センサー、ぴくりともしないし。マジでこんなちんちくりんが、ペンタゴン落としたの?」
『国防総省を陥落させたわけじゃないよ。片道切符の旅だったからね』
 銀髪女が肩をすくめる。
「よく言う。あんたが裏で画策したんでしょ」
〈エピタフ〉はだんまりした。
「秘蔵っ子を置いてけぼりとか、エグいことすら平気でするよね。あんたは金払いのいい上客だけど、信頼という点じゃ今ひとつだし」
『相変わらず手厳しいな。歯に衣着せない君の物言いは、嫌いじゃないが』
「ありがと。社交辞令として受け取っておく」
 銀髪女はタブレットの液晶画面に向かって、投げキッスをした。
 互いに映像がオフゆえ、相手に伝わりはしないのだが。
「んで、あんたが追放処分にしたはずの〈ノーネーム〉が奇跡の復活を遂げて、どこぞに潜伏してるってことかしら」
『おおむねその認識で正鵠を射ている。肝心の潜伏先は警察だよ』
「あらまぁ。裏稼業から公権力へと鮮やかな転身だこと」
『警察としても、ナナシの腕をさびつかせずに活用したかったのだろう。用途次第で天使にも悪魔にもなり得る原石だ』
「礼賛とは未練たらたらね、〈エピタフ〉。逃した魚は大きかった?」
『まさか。しっぺ返しされないための注意喚起だよ。死に損ないといえ〈ノーネーム〉の脅威を、侮らないでもらいたいんだ』
 抜け目ないやつ。あわよくば失言くらい引き出したかったけど、ジャブ程度の揺さぶりじゃ顔色一つ変えないか。銀髪女は波風立てるのを諦め、話を戻す。
「クライアントの要望ですから、最大限配慮しましょう。それを踏まえたうえで、警察のどこを狙えばいいのかな」
『彼らが〈千里眼〉と隠語で呼ぶ、非公式な部署だ。そこにナナシが属している』
「〈千里眼〉は何を看板に掲げているのかしら」
『サイバーテロの撲滅が主任務だが、やってることはクラッカーのそれと五十歩百歩さ。秘匿データの抜き出し、通信回線の恣意的傍受、ハッカー退治などなど』
「かつて情報セキュリティに携わる連中を震撼させた〈ノーネーム〉に、うってつけの下請けダーティ・ワークね」
『「毒をもって毒を制す」がコンセプトなんだろう。不正アクセスへの遊撃部隊って寸法さ』
「クラッカーをなぎ払うため同族を駆り出す、か。頭でっかち役人の考えつきそうな常套手段ね。表沙汰にできないわけだ」
 銀髪女は口笛を吹いた。
『法の抜け道を邁進する代償として、〈千里眼〉はおおっぴらにできないマル秘データを蓄積している。流出すると、警察組織の屋台骨を揺るがしかねない機密がね』
「よしんば盗めたとしてもお役所の必殺技、とかげの尻尾切りをやるんじゃないの。かつらをかぶったお歴々が『そんな不逞の輩は存じません。我々も被害者です』と釈明会見する姿が、目に浮かぶんだけど」
『しらを切り通せない地雷がある、と私は踏んでいる。ソースは明かせないが、さる筋からの情報だ。その人をして「火薬庫」と言わしめるほどさ』
「ファッキンポリスが機能不全になれば御の字、ってところかしら」
『そうだね。〈千里眼〉は警察にとっての「アキレス腱」に等しい。私の活動をポリスマンにこそこそ嗅ぎ回られるのは好ましくないし、目の上のこぶを取り除きたいんだ』
〈エピタフ〉にとってのアキレス腱とはなんだろう。ふと銀髪女は思いをはせた。
「まぁ、ことあるごとにおいしい汁を吸わせてくれたあんたの依頼だもの。もらえるものさえもらえば、うちらはなんだってするしね」
『指定口座に前金を払うよ。たった今、ね』
「依頼内容を確認させて、〈エピタフ〉。〈ノーネーム〉が隠れ潜む神出鬼没な無色透明部隊の、データバンクをごっそりいただく、ということでいいのよね」
『委細問題ない。やり方は君たちに一任する』
 銀髪女は太っちょ男へ目配せする。
 彼はスマートフォンを操作し、親指と人差し指で○印を形作った。口座に入金があったことを示唆するサインだ。
「商談成立ね。近日中に盗んであげる」
『さすがは精鋭ぞろいのハッカー三兄妹、〈八咫烏〉。頼もしいな』
「おだてたって何も出ないよ」
『私の希求する結果さえ出してくれれば、ほかには何もいらないよ。あ、すまない。一つだけ情報が抜けていた』
「へー、あんたでも凡ミスなんてするんだ」
『私はごく平凡な人間だよ。ミスくらいするさ』
 どうだか。実は計算ずくじゃないの、と銀髪女は思ったものの、おくびにも出さない。
「重大な漏れかしら」
『うーん、どうかな。〈アビスルート〉と名乗るハッカーがいたろう。彼女らも〈千里眼〉の一員になった、という不確定な伝聞を小耳に挟んでね』
「あ~あ、いたね。お茶の間をにぎわす、虚栄心の肥大化したルーキーが。確かあんたが退屈しのぎでプロデュースした、乳臭いじゃじゃ馬でしょ」
『体臭までは知らないよ。会ったことないからね。ちなみに彼女たちだ』
 再び〈エピタフ〉からJPEG画像が二枚届いた。
 黒髪で楚々とした少女と、目鼻立ちが整って快活そうな女子のバストアップ写真だ。
 どっちもお澄まし顔で、その実腹黒そうね。
 銀髪女の第一印象だった。同性として第六感に訴えかけるものがあるのだろう。
 入金確認を終えた太っちょ男が、なにげなくタブレットをのぞきこむ。
「うほぉ、ラブリーエンジェルなんだな」
 鼻息荒く端末を持ち上げた。
『ラブリー』なるキーワードが聞き捨てならないのか、丸坊主男も画面を眺める。表情の変化は乏しいものの彼も満足らしい。
「兄さん、どっちが推しメンなんだな。『いっせーのー』で、指さししよう」
 かけ声のあと、男どもは液晶画面を人差し指で示した。
 丸坊主男がミカ、太っちょ男がノエルを選ぶ。恋のターゲットの分散により、二人の連帯感が増したらしい。兄弟間で熱い握手が交わされる。
「兄貴と愚弟、取り乱すんじゃない。まだ商談中でしょう!」
〈八咫烏〉の長女である銀髪女がタブレット端末を奪い返した。
 これだから三十未満の男は人生経験が足らないのだ。いじらしい女に、ころっとほだされてしまうのだから。腹の中で何を考えているやら、分かりゃしないのに。
 銀髪女は幼稚な兄と弟を順繰りにへいげいする。
『和気あいあいとした一家団らん、というやつかな』
「ごめん、〈エピタフ〉。今のはノーカンにしてくれるとありがたい」
『君が望むなら、お応えするのにやぶさかでないよ』
 また弱みを握られたかな。銀髪女は歯噛みした。
「で、〈ノーネーム〉と〈アビスルート〉が連合でも組んだってことなの?」
『ということになるようだ。戦略立案のうえで、看過できないファクターだろう』
「べっつに。粒ぞろいでも急造の組み合わせなんて恐れるに足らない。チームワークってのは、一日や二日で醸成できるもんじゃないのよ」
『「ローマは一日にしてならず」か。組織戦を真髄とした君らならではの、含蓄ある金言だ』

√ √ √ √ √

〔続く〕

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喜田真(きだまこと)

喜田真(きだまこと)

凡才の小説家もどき。 コスパいいガジェットやフリーソフトに目がない。 趣味レベルでプログラミングも嗜む。 [詳細]