喜田真に小説の才能はない

執筆を楽しんで書き続けるプロ作家志望者のフロンティア

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サイバークライシス 19話

[エピタフからの刺客]④

「無性にむしゃくしゃする」
 ノエルは会議室の床に体育座りして、ナナシを視界にとらえた。
 かの少年のもどかしさがかんにさわる、ということもある。でも何にもまして気に食わないのは、ナナシがミカからちょっかいかけられることだ。
「ねぇねぇ、ナナシくん。わたくし配線してみたのだけど、どうかしら。ケーブルの絡み具合とか、二重螺旋のDNAみたいでしょう。生命の神秘ですね」
 ミカがスケルトンフレームのデスクトップ本体を手でなでた。
「ぼ、僕に許可なく触るなよ。しかもなんだこのつなげ方。わざわざねじれるようクロスさせやがって。僕を手間取らせたいのか」
 ナナシはぼやきながら、交差したケーブルを続々抜いていった。
「ひどい。良かれと思ってやっただけなのに」
 ミカはしなを作り、両手で顔を覆った。
 ノエルにはひと目で分かる。泣きマネだ、と。
 でも彼は『ミカが本気で悲嘆に暮れている』と思ったのだろう。
「え、ちょ。僕には自分のやりやすい配置があるわけで……。反省してくれるなら、特に追及もしないというか」
 あたふたと、支離滅裂なことをのたまっている。
「はい、反省しました」
 ミカが手を外すと、案の定涙の一滴もこぼれていない。むしろ満面の笑顔だ。
 ナナシも茶化されたと思ったのか、仏頂面で電源コードを差し直す。
 ハッカーが三人体制となり、ナナシの部屋では手狭ということで、活動拠点を会議室へ移動することになったのだ。ナナシのPCやらリクライニングチェアやら、シュレッダー機能つきのお掃除ロボットやらが宍戸の指示のもと、ここへ搬入された。
「配線作業は僕がやる」
 ナナシは最後の仕上げを他人の手に委ねることに難色を示し、そう主張した。
 余談だけど、ミカが使うデスクトップパソコンとノエルが使用するノートPCは、いずれもナナシが予備機としてチューンナップした逸品だ。
 それらの二台も含めて現在、ナナシがコード類の最終調整をしている。
 宍戸とノエルが遠巻きから作業風景をうかがい、ミカは『手伝い』と称した妨害工作に精を出しているところだった。
「お姉さん考えたんだけど『ナナシくん』って、冗長じゃないかしら。だからね、今後は君のこと『ナナシん』で統一しようと思うの」
 ミカは配線が未接続のパソコンが置かれたデスクに座り、頬づえをついた。
「全然長くないだろ。ってか、一文字しか短縮してないじゃん」
「ほかに『ダーリン』や『ハニー』って候補もあるけれど、どれがよろしくて?」
 ミカはナナシの粗探しに耳を貸すつもりはないらしい。
「……『ナナシん』でお願いします」
「わたくしのことは親しみこめて、『お姉ちゃん』と呼んでいいですよ。もしくは『ミカ姉』でも可とします」
 彼はコードや電源タップに囲まれた床でしゃがみつつ、ため息をつく。
「会って早々姉気取りとか、ずうずうしすぎるだろ」
 ナナシは自覚しているだろうか。
 受け答えやテンションに多大なる齟齬があるものの、宍戸を仲介せずともミカと会話できてることを。彼女のペースに乗せられた結果にせよ、対人コミュニケーションスキルが欠乏気味のナナシにとっては飛躍的な進歩といえる。
 宍戸は壁にもたれかかり、そんな二人の様子を生暖かいまなざしで見守っていた。
 親に近い心境か、笑いをこらえているのか、ノエルには見分けがつかない。
 というか一ミリも分からなかった。ミカも宍戸も、あんなマセガキのどこがいいのだろう。
 うぶに見えても、ナナシは男。どうせ粗暴で粗野で野蛮な存在でしかないはずなのに、なぜミカは自分を差し置き、ああもナナシにべったりなのか。
 ある日無断で押しかけ、ミカとの蜜月のひとときを引き裂くだけで飽き足らず、ミカの関心までも奪うという憎たらしいやつ。
「あたしとあいつの間に、どれだけの違いがあるっていうの。外見や内面、お姉さまに対する献身だって、ダントツであたしが上をいってるのに」
 唯一如実な差異があるとしたら、ノエルが女でナナシが男、というくらい。
 女性であることがビハインドなのだろうか。男性でありさえすれば、ミカの愛情を独り占めできたのか。一見取るに足らなくも思えるけど、どうしようもない決定的な隔たり。ノエルが粉骨砕身しても、覆せるものではない。
「ムカつく。たかだか性別ごときで出遅れるなんて」
 いや、ハッキングの腕もナナシが上手か。それも一枚どころの騒ぎじゃない。
 なんとかしてミカの寵愛を奪回させられないものか、とノエルは煩悶した。
 そんな彼女にアクションを起こすものがある。想い人たるミカではない。
 円形の平べったい機械――お掃除ロボだ。無機物の円盤マシンが、ノエルの腰へぶちかましをしている。
 彼(?)としてはノエルの尻の下を掃除したいのかもしれない。どいて欲しくてぶつかっているだけなのだろう。
 絶え間なく衝突されても痛みなどなきに等しい。この機械は設置空間を清潔に保つための物であって、殺傷力などないのだし。
 だとしてもささくれ立つノエルには、煩わしいことこの上ない。まるで『遠くでいじけてる暇があったら、二人の輪に飛びこめよ』とせき立てているみたいに思える。
「平然とそんなことができれば、誰も苦労しないっての」
 ノエルはロボットを蹴散らそうと腰を上げた。踏んづければ、おとなしくなるに違いない。
 ノエルが脚を上げてかかとを下ろしかけたとき、眼下を横切る者がいた。
「今度の部屋は広いんだし、掃除する場所なんかそこかしこにあるじゃんか。火中の栗を拾うなよ。こいつらはブラックリスト級の危険人物なんだぞ」
 ナナシだった。ノエルに追突し続ける命知らずな掃除ロボを、見るに見かねたのだろう。
「誰がブラックリスト入りしてるって――」
 文句を言いかけ、ノエルは気づいた。
 かがんでマシンに説得を試みるナナシ。
 片足立ちで静止するスカート姿のノエル。
 これではナナシから、ノエルの下着が見放題ではないか。
「てめぇ、女子のパンツを」
『のぞくなんて』と続けかけ、ノエルは言葉を飲みこんだ。
 ナナシは彼女に尻を向け、機械へ視線を固定している。振り返る様子はない。
 ノエルの中に炎が燃え盛った。
 彼女が思い描く男子像は『三度の飯より女好き』だ。辞書を引いてもエロ単語検索に余念がなく、スカートがあればめくらずにいられない哀れな動物。
 顔の角度を変えるだけでノエルの秘密の花園を拝めるのに、ナナシはロボットとの意思疎通に忙しく、彼女に目もくれない。
「あたしの下着は……見る価値もないってか」
 ノエルはまかり間違っても露出狂じゃない。されども『興味すら示されない』のは、乙女のプライドを著しく傷つけられる。
「おまえのセンサー類からすると、この女を『粗大ゴミ』って検知するのかもしれないけど、こらえろ。触らぬ神にたたりなしだからな」
 とうとう堪忍袋の緒が切れた。ノエルがナナシの脳天にチョップをたたきこむ。
「いけしゃあしゃあと、このガキ。あたしからゴミのにおいでもするのか。ああん!?」
 ノエルの鬼気迫る形相におぞけを振るったのか、ロボットが主人を置いて離脱した。
「イッテーな。何すんだよ。僕が守ってやったのに」
 ナナシは振り向きながら立ち上がり、頭頂部を手で押さえた。
「守った、だって? 恩着せがましいガキめ。あたしの味方であり続けてくださるのは、この世でミカお姉さまただ一人!」
「そーかい。おまえらの姉妹ごっこに口を挟むつもりは、毛頭ねぇよ。思うさま百合百合しく乳繰り合うといい」
「あたしたちの絆は姉妹なんて浅いものじゃない。もっともっとディープなんだ」
 ナナシは小首をかしげる。
「イミフだな。そして何そんなにキレてんの、おまえ」
「おまえがあたしをガラクタ扱いしたからだろうが!」
 ノエルはナナシとの間合いを詰めた。
「うっ……ぬかったな。聞かれたとは」
 ナナシはたたらを踏んだものの、なおもノエルは詰め寄る。
「コケにされたまま泣き寝入りしたら、女がすたる。ゴミ臭いか、おまえの鼻で確かめろ」
「はぁ? どうやってだよ」
「ここを嗅げばいい」
 ノエルは制服の襟をつかみ、肩側に引き伸ばした。みずみずしい肌と鎖骨があらわになる。
「おまえの錯覚なら、平身低頭くらいしてもらわないと気が済まない」
 売り言葉に買い言葉の一触即発ラリーで、彼女もナナシも一種のトランス状態に陥っているのだろう。更に負けず嫌いが加味されて、正常な思慮が鈍っている。
「上等だぞ、暴力女。おまえがジャンクと証明してやるからな」
 ナナシは真正面からノエルの両肩をつかまえ、首筋に顔を寄せた。鼻をクンカクンカさせる。見ようによってはドラキュラが吸血する仕草に似ていた。
 そんな超常的シチューエーションのせいか、ノエルの胸中にも妙な気持ちが芽生える。呼吸と心音が速まるのを、自認した。
「んむぅー。廃棄物臭は――ないか。むしろ心なしか、甘くていい香りがするような。おまえ、JCの分際で香水なんぞつけてるんじゃ。一丁前に色気づきやがって」
 ノエルは面と向かって男子に、『いい香り』などという言葉を投げかけられたことがない。それどころかミカにさえ言われたことがあったろうか。
 ない、と思う。でも甘言一つでガードを撤廃するほど、ノエルはお気楽な女子じゃない。
「だ、誰がつけるか。だいたい過度なメイクは、校則でご法度だ」
「社会の規則はガン無視で大金をせしめたくせして、学校のルールは遵守するとか、どんだけしっちゃかめっちゃかなコンプライアンスだよ」
「おまえだってかつては悪さしまくたって、そこのおっさんから聞いた――ひゃん」
 くすぐったさが最高潮に達したのか、ノエルの口からあえぎ声に近いものが出た。
 ナナシは嬌声に意表をつかれ、顔を遠ざける。
 おのずと至近距離で見つめ合う、ナナシとノエル。二人の頬が、たちまち紅潮する。
「つかの間目を離した隙に、ういういしくもみだらな『プレイ』に興じていますね。お姉さんも混ぜてくれないかしら、ナナシん」
「ぷ、プレイなんかじゃない。これはいわば――デュエルだ。それにあんたのにおいなど嗅ぐものか。どうせ化粧臭いんだろうし」
 ミカが打ちひしがれたように立ちくらみする。
「ジーザス。わたくしが化粧臭い、ですって」
 ノエルにはしておきながら、ナナシはミカを拒絶した。
 二人いるうちであえてノエルを選んだ、と解釈していいのだろうか。
 ノエルの記憶にある限り、ミカとペアでいるとき脚光を浴びるのは常にミカだった。それはノエルにとって望ましい形だ。ミカを押しやってひのき舞台に立つなど、おこがましい。
 メシアであるミカを超えたい、などと願ったことはなかった。けど彼女をミカの引き立て役でなく、一人の女の子『ノエル』と認知してくれるのは悪い気がしない。
「二重の意味でたまげた――いいや見直したぞ、ナナシ。おまえが自ら他人にスキンシップを図ったこと。あと衆人環視の中で、女の子へひわいな行為に及ぶとはな。やっぱおまえも人肌恋しい思春期ボーイだったか」
 宍戸がしみじみと所感を述べた。
「だから、僕は暴力女と『竜虎相うつ』とも言うべき、しのぎを削っただけで――ぐふっ」
 ナナシの申し開きは尻すぼみに終わる。みぞおちを抱えながら、床にうずくまった。
 ノエルが残心の構えを取る。ナナシの隙をつき、痛烈なボディブローをかましたのだ。
「お姉さまからは神々しい芳香しかしない。無礼千万なことをほざくなよ、マセガキ」
 きつい灸を据える口調に反して、ノエルは晴れやかな表情だった。

√ √ √ √ √

〔続く〕

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喜田真(きだまこと)

喜田真(きだまこと)

凡才の小説家もどき。 コスパいいガジェットやフリーソフトに目がない。 趣味レベルでプログラミングも嗜む。 [詳細]