喜田真に小説の才能はない

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サイバークライシス 20話

[エピタフからの刺客]⑤

『仕事を引き受けてくれるにあたり、場所と機材はこちらで融通しよう。リクエストがあれば遠慮会釈なく申しつけてくれ』
 銀髪女はライダースーツに覆われた脚を組み替える。
「用意するマシンは兄と弟のだけでいい。うちのは不要よ。愛用のこいつがあるしね」
 彼女は〈エピタフ〉との通信に用いているタブレット端末をなでた。
『タブレットPCは持ち運びに便利でも、スペックじゃ見劣りするだろうに。もっと高性能な機種だって、取りそろえられるよ』
「紋切り型ね〈エピタフ〉。ハッキングは高スペックな機体であるほど成功率が高まる、ってわけじゃないから」
『ほかにどんな要因があると?』
「〝愛着〟っつーのも案外バカにできないのよ。モチベーションが雲泥の差になるし」
『精神論か。一流のハッカーでない私は、君らみたいに達観できそうもないな』
「レベルは関係ないって。でもあんたにゃ生涯、理解できない感覚かもね。猫かわいがってた近衛兵を『飽きて目障りになったから』って、ポイ捨てしちゃうんだから」
 銀髪女がほのめかしたのは、ナナシのことだ。
〈エピタフ〉とて重々承知のはずなのに、一言も物申さなかった。
 機械との相性について論じたけど、銀髪女がタブレットを採用するのはマシンスペックなど二の次だから、という身もフタもない理由もある。
〈八咫烏〉のハックスタイルは三位一体。そして彼らのポテンシャルを最大限高める、中核の〝システム〟がある。それによって、PC本体に高水準の処理速度が要求されないのだ。
「まぁ、人員の切り貼りは、あんたの自由よ。あんただって、あんたなりのポリシーがあってやってるんでしょうから。うちがとやかく言うつもりはないわ。己の信義のままに進むといい。うちだって己の欲望に忠実に、あんたを利用するだけだし」
『私に……何を望むのかな、〈八咫烏〉』
 食いついてきた。銀髪女はにたりと笑う。
「たわいないことよ。この仕事に成功したら、ご褒美が欲しいの」
『ボーナスというわけか。いったいなんだろう』
「うちらを組織の中枢に招き入れてくれないかな。あんたの腹心の部下になりたくて」
『懐刀志望か。あに図らんや、だな。てっきり君らは組織内のパワーゲームと縁遠い、フリーであることがアイデンティティかと思っていたからね』
「長いものには巻かれろ、って言うでしょ。世知辛い世の中じゃ、根なし草は迫害されるしね。あんたの下につけば安泰だもの」
『安定志向のクラッカーね。二律背反じみた響きに聞こえるのは、私の心が曇ってるからなのかな。化かされている気分だよ』
「取り立てて他意はないって。で、どうなのよ。うちらの願い、かなえてくれのかしら」
〈エピタフ〉は熟慮のさなからしい。放送事故なくらい、スピーカーからは沈黙が流れる。
『いいだろう。君たちの希望は承った』
「やった~。これでうちらも晴れて組織の幹部ね」
『浮かれるのは時期尚早だろう。〈ノーネーム〉を倒したら、という達成条件があるのに』
「楽勝だって。没落したガキの一匹や二匹、あしらえなくて傭兵稼業なんか務まるかっつーの。マタドールみたいな足さばきを、ご覧に入れましょう」
『ふふふふ、楽しみにしているよ。ではごきげんよう、〈八咫烏〉』
〈エピタフ〉が通信を切った。
「ええ、うちも楽しみ」銀髪女がソファの背にもたれかかる。「あんたはうちらを、『虎の威を借る狐』と思っているんでしょ。いいえ、出自のあやふやなドブネズミか。でも一寸の虫にだって五分の魂がある。内部から食い破られたライオンが、どんな絶叫するのか見ものね」

√ √ √ √ √

 職業柄、宍戸は犯罪者の取り締まりにかけては専門家だ。されどもハッキングのノウハウについては門外漢だった。ナナシとミカ・ノエルが手を組んで起こる化学変化が、ピンとこない。だから彼は安直に期待した。
 他に類を見ないドリームタッグの誕生を。そして実地で検証することにした。
「練習も兼ねて、〝スーパーハカー測定器〟をやってみようか」
『スーパーハカー測定器』
 読んで字のごとく、ハッカー能力の数値化を主眼とした裏サイトだ。
 ランダムに次々襲いかかる各種防壁を突破し、最深部で英数字のコードを入手する。それをスタート地点の端末に打ちこんで、ゴールだ。
 チャレンジ終了までの時間を競うタイムトライアル方式となっている。
 タイピング速度向上アプリに近く、余興なのについついのめりこんでしまう。そしてたたきだされるスコアは、可視化された熟練度とみなされることがままあった。
 タイピングソフトとの顕著な相違点は複数人で挑めること。チーム戦もできるのだ。ただしハッカーは群衆を忌避する傾向があるので、単独で挑む者がはるかに多い。
 アングラで「わたし(たち)はハッカー」と公言できるのは、二分を切ってクリアした挑戦者とされている。
 二分以上は一律【E】ランク、未満になると五秒短縮されるごとに【D】~【S】まで等級アップする仕組みだ。一分三十秒を下回ると【疾風怒濤】等の『称号』になる。
 ナナシはご多分に漏れず一人でしかやったことがなく、ミカとノエルも二人で挑戦した経験のみ。三人でやるのは、全員にとって未体験ゾーンだった。
 宍戸に促されるまま三名同時にログインして、スタートの合図を待つ。
 宍戸の脳内では一分を切ることも想定されていた。ナナシの実力は折り紙つきだし、〈虚数輪廻〉の検挙にも手を焼かされた。
 どれほどの好タイムが記録されるのか。ワクワクしながらチャレンジが開始された。

「なんて、ことだ」
 宍戸は愕然とした。
 幸先いい滑り出しどころか、クリアまでに要した時間――二分一八秒。
「どうした、ナナシ。コンディションでも悪かったのか」
 宍戸が問いかけると、ナナシはむくれる。悪いのは体調でなく、虫の居所らしい。
「どーしたもこーしたもない。足を引っ張られた気分だ」
 ちなみにナナシのベストスコアは、五二秒。称号は【メテオストーム】だ。
「はぁ? 自分の落ち度を棚に上げて、何様だっての。おまえのポンコツ指示で、あたしたちが右往左往したんだろうが」
 ノエルがナナシに矛先を向けた。
〈千里眼〉のベテランということもあり、ナナシをリーダーとした布陣を敷いたのだ。
 余談だが席替えの結果、ナナシたちはトライアングルの形で向かい合うような配置となった。三人が、相互に隣り合う三角形の辺をなしている。
「おまえがちんたら立ち往生したせいじゃんか。なんだよ、あの反応速度。のろすぎて、ハエが止まっているかと思ったぜ」
 すかさずナナシがケンカ腰で言い返した。
 彼は切りこみ隊長として罠の露払いとなり、ミカ&ノエルペアに支援役を依頼したらしい。ただ、ノエルの指摘も一理ある。
「そこでズバッと切れ」
「もっとガガガとやれ」
「シャキーンとかわせ」
 擬音を多用する感覚的な指令は、本人以外に伝わりにくかろう。
「まぁまぁ二人とも、予行演習くらいでヒートアップしないの。本番で成果を納めればいい話です。あと下品な言葉の応酬では、せっかくの紅茶が味気なくなってしまいますよ」
 ミカは宍戸に用意させた紅茶をすすっている。
「あらっ、市販品のチープなティーパックの味がします。宍戸さん、どういう了見でしょう。わたくしが安い女という、迂遠な嫌味かしら」
 スコアにではなく、紅茶の品質にクレームつける始末だ。
 無論ノエルが絶対零度のまなざしで宍戸を射抜いたものの、彼は気づかないふりをした。
 ちなみに〈アビスルート〉の最高タイムは一分六秒で、称号は【第一宇宙速度】。
「指がほぐれてなかったのかもしれない。気を取り直して、どんどんタイム縮めてこう」
 何度でもトライ可能なので、宍戸は再挑戦を提案した。
 場の空気は和まなかったものの、三人が再びキーボードに手を置く。

 繰り返しチャレンジするごとに、スコアは下降の一途をたどった。
 五回目ともなると、ナナシは指示すら出さず、ミカとノエルも自己判断でやる。阿吽の呼吸ができれば話は別だろうけど、予定調和でワーストレコードを更新した。
 結局『竜頭蛇尾』の慣用句を地でいき、最初のタイムが最速ってことになる。
 思い返してみればナナシは気もそぞろで、鼻歌が出なかった。絶不調の証だろう。
 発破をかけたかったのか、ノエルは何かとナナシに突っかかった。
 ナナシもナナシで、ノエルの指摘には過敏に逆襲する。年が近いせいか、相手が女の子ゆえか、対抗心を隠そうともせず。
 宍戸は、ミカが二人の姉として調停役を買って出るのを期待した。でも彼女は火に油を注ぐことが至上命題らしい。
 ミカにとってナナシは(ノエルも?)遊びがいのあるペットなのだろう。意図的にナナシに粉をかけてはノエルの神経を逆なで、対立をあおる。不興を買うたびナナシを口撃(ときどき攻撃)するノエルの様子を眺め、愉快げに眼をすがめていた。
 ときに標的を宍戸へ変更するのも、たちが悪い。ミカが宍戸に猫なで声でも放とうものなら、ノエルはほぼ百%怒り狂う。その様もミカにとっては至福らしい。他人を引っかき回すことに天性の素質があるに違いない。
 性悪の極致かな。彼女と添い遂げる男の面を拝んでみたい、と宍戸は思う。
「前途洋々どころか、泥船に乗った気分だ」
 彼の口から思わず愚痴がこぼれた。しんどい。さしずめ問題児ばかりで崩壊した学級の担任になった心境だ。束ねて一枚岩にするなど無理難題に思える。
「泣きごと言っても始まらない、か」
 宍戸は己の頬を軽く張る。
「おまえら、明日はひざ突き合わせてミーティングするぞ。思いの丈をぶちまけろよ」

√ √ √ √ √

〔続く〕

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喜田真(きだまこと)

喜田真(きだまこと)

凡才の小説家もどき。 コスパいいガジェットやフリーソフトに目がない。 趣味レベルでプログラミングも嗜む。 [詳細]