喜田真に小説の才能はない

執筆を楽しんで書き続けるプロ作家志望者のフロンティア

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サイバークライシス 24話

[エピタフからの刺客]⑨

「お姉さま……敵の侵食度合い、猛スピードな気が。これも想定の範囲内でしょうか」
 ソース解析にかけて蚊帳の外ということもあり、ノエルは先々の展開を悲観していた。
 ナナシもミカも軽口をたたかない。
 ノエルが懸念する通り、想定を大幅に上回る侵入速度なのだ。
「もはや人間技じゃありませんね。開発者のナナシんならば、かような芸当できるのかもしれませんけど」
「いいや、僕より速いな。こいつ、ターボでも積んでるんじゃないか」
 ナナシの一言で、ミカ&ノエルは顔を見合わせた。
「おいマセガキ、あんた渾身の迷路とやらで、何か敵の欠点でも見つけたのか」
「今のところ穴はねぇよ。ミス一つないパーフェクトゲームだ」
 あっけらかんとナナシがぶっちゃけた。
「ただ一つ分かることがあるとすれば、〈八咫烏〉はソロじゃないな」
「ええ。群れをなしている感じがします」
 ミカがナナシに賛同した。
「手をこまねいていて、へっちゃらなんですか、お姉さま」
「それはわたくしでなく、ナナシんに尋ねて」
 ノエルがミカからナナシに目線を転ずる。
「おまえらは守りに専念してればいい。先輩である僕が相手取るんだから」
「あんたを超える怪物かもしれないんだろ。一人で大丈夫かよ」
 ナナシはにやりとしている。
「いいね、モンスター。久方ぶりに血沸き肉踊るデスマッチが堪能できそうだ」
「イカれてる。やっぱ戦闘狂はあんたじゃんか」
 ノエルが天井を仰ぎ見た。
「さて、と。そろそろ、かな」
 ナナシがウォーミングアップのように首をひねって骨を鳴らす。
「おっと、来た来た――んん? やけにしょぼいな。こいつら、先遣隊か」
「お姉さま、敵は軍団でしたよね。どう見てもこいつら」
「三人、しかいませんね」
 ノエルとミカも敵を視認した。
 待てど暮らせど、後発の部隊が合流する気配はない。
「釈然としませんね。防壁迷路を正解し続ける抜きん出た演算処理から鑑みるに、十や二十はくだらないと思いましたが」
「まぁいいさ。ぶつかってみりゃ、おのずと分かることだ」
 ナナシはキータッチを始めた。ハッキングAIをわんさか引き連れて、三名の〈八咫烏〉へファーストアタックに打って出る。
「しょっぱなからトップギアでたたみかけるとか、容赦ないな」
 ノエルがささやいた。
 彼女の言葉通り、サポーターも合わせるとナナシが数のうえで圧倒している。
 敵にとっては多勢に無勢。およそ『正々堂々』とはほど遠い兵力差だ。
「っ!!」
 次の瞬間、ノエルの目に飛びこんできた光景は想像を絶していた。
「クラッキングAIだけを、ピンポイントで撃ち落としてる」
 機先を制されたにもかかわらず〈八咫烏〉は、彼のAIを軽快に迎撃している。
 統率された機敏な動きだった。守備と攻撃、そして司令塔が明確に分かたれている。各々の職務を全うし、着実にナナシの軍勢を減らしていった。
 ナナシは味方が激減するのもいとわず、突っこんでいく。
「あははっ。敏捷性に、臨機応変さ、技の引き出し――どれをとっても一級品だな。さすがに〈エピタフ〉の息がかかった手先はものが違う。おまえらは僕の獲物。誰にも渡さない」
「お姉さま、やばくないですか。あいつ、周りが見えてないっていうか」
 ノエルは声を潜めず、ミカにしゃべりかけた。
 ボリュームを落とすまでもないのだ。どっち道ナナシの耳朶には届かないのだから。
「ええ。彼は元来好戦的なのでしょうけど、輪をかけて死に急いでいるようにも映りますね。恐らくそれこそが、〈エピタフ〉の名を出した本意」
「〈エピタフ〉絡みだと、こいつは暴走するのですか」
「思い入れ――というか怨念が人一倍あるのでしょう。敵もそれを熟知していた。ナナシんの暴発を予想し、挑戦状に書き加えたのです。〈八咫烏〉の中にお利口な曲者がいると考えて、間違いないでしょうね」
 ミカが下唇に指先を添え、思案にふける。
「だとすれば賊は、ナナシんの弱点に勘づいているかもしれません」

√ √ √ √ √

「『チーム戦だと弱体化する』。〈エピタフ〉の入れ知恵、どんぴしゃね。うちらにとっちゃ、いいカモだ。最初に子分をぞろぞろ伴ってきたくらいで、あとはひねりのない力押しばかり」
 失望をにじませ、銀髪女が言った。
「姉さん、どうして〈虚数輪廻〉は待機モードで、参戦しないんだな」
「『しない』というより、『できない』んじゃないの。不用意に手出しすると、自分らも巻きこまれかねないし。〈ノーネーム〉、視野狭窄で見境なしでしょ。触るもの皆傷つけるナイフみたいな野獣になってるもの」
 などと言いつつナナシの猛攻は〈八咫烏〉にかすりもしない。すべてのらりくらりとかわし続けている。
「お嬢ちゃんのいずれかが切れ者なのかもね。付け焼き刃の連携は、かえってマイナスに作用すると自重したのかしら。ってか、詰めが甘い浅知恵だけど。あいつらの配置じゃ、『後ろにお宝データがありますよ』と言外に告げているも同然だし」
「〈ノーネーム〉伝説なんて、風説の流布のひとり歩きなんだな。口ほどにもない」
 太っちょ男はハンドタオルで顔面の汗を拭いつつ、片手でキー入力していた。
「『ナナシは単独行動しかできない、孤独なハッカー』と〈エピタフ〉が言ってたじゃない。一人の処理能力だとどうしたって、カバーしきれない死角が生まれる。そこを同時期に多方面から突けば、ノックアウトなんて造作もない」
 彼女は自信に満ち満ちていた。
 事実〈八咫烏〉には余力がある。そして未解明な切り札のシステムも健在。
 ただしナナシ攻略法は口で言うほど容易じゃない。自制心を失っているといえ、彼は【デミゴッド】級。力のない者が実践すると、机上の空論にしかならないのだ。
「兄貴、追跡作業は順調かしら」
『〈ノーネーム〉も連続攻撃に手いっぱいらしい。ガードががら空きだ。〈アビスルート〉も傍観だけで歯向かう素振りもない。位置座標特定まで、さしてかからないだろう』
 メッセンジャーの文字を目で追い、銀髪女は鼻を鳴らした。
「兄貴の無口なとこと如才ない仕事ぶりは好きよ。愚弟、あんたも兄貴の後方支援に回りな」
「えっ、いいのか。兄さんとボクチン、半々で撹乱にタスクを割くとはいっても、実質姉さん一人で〈ノーネーム〉をやりこめることになるんだな」
 太っちょ男の疑問を、銀髪女が即座に解消する。
「安心しなさい。〈エピタフ〉への妄執で頭に血が上ったガキ一匹くらい、大人の色香で虜にしてあ・げ・る」

√ √ √ √ √

「お姉さま、意外と一蹴できたりしませんかね。敵は守勢に回るだけですし」
 ノエルが探るように同意を求めた。
「そう、ならばいいのですけど」
 ミカは奥歯に物が挟まった口調になる。
 はたから見ると、ナナシが優位に映るのだ。〈八咫烏〉がよけ続けるばかりで、一向に反撃してこないから。
 でもミカには何かを誘う動作に思えて仕方ない。防戦一方なのに、どことなく力を温存している節がある。
 加えて不気味なのが、彼らの背面に時折援軍がかすむことだ。〈八咫烏〉で実体があるのは三名だけにもかかわらず、四人目――どころか多くの助っ人が潜んでいる気がしてならない。
 でも目を凝らしてみると、敵は三人だけ。
 ネット空間のゴースト?
 電脳世界に幽霊が住み着くなど、愚にもつかない世まい言だ。だとすれば理路整然たる根拠があるのだろうけど、かすみを振り払えなかった。
 ナナシも同意見に違いない。
〈八咫烏〉の背後に第三勢力の予兆を感じ、踏みこみが浅くなっている。敵にとっては、動きが単調になってますます読みやすい。悪循環だった。
 ナナシとしても不完全燃焼なのだろう。気分爽快のバロメーター、鼻歌が鳴りを潜めている。それどころか言葉少なだ。
「くそ、打ち返してこいよ」なんてことを、ときどきつぶやくくらい。
 ミカもナナシになんと言葉をかければよいやら、見当もつかなかった。
〈八咫烏〉のうち司令塔役が表立って対決に専心し、攻撃役と守備役が手すきになりがちだ。常人なら『へっぴり腰の撤退ムード』と楽観するところで、リアリストのミカは逆をいく。
 敵には二人分のアドバンテージがあり、何かをたくらんでいるかもしれない、と。
 ――『何か』とは、なんだろう。
 予告状をうのみにするなら、賊はミカが守護するデータを奪うのがノルマのはず。〈八咫烏〉に全力で襲われたら自分たちはひとたまりもない、というのが忌憚なきミカの私見だ。
 彼女を敗退させたナナシでさえ、はた目に優勢であるかのごとく踊らされている。〈八咫烏〉が攻勢に転じ、獲物をミカに定めたら、ノエルと協調してもしのぎきれない。
 活路があるとすれば、ナナシと〈虚数輪廻〉が一丸になることだが、それも望み薄。事実上ミカたちが劣勢であって、〈八咫烏〉は機密データをいついかなるときも盗みだせるのだ。
 なのに、しない。
 警察のデータ以上に欲しいものがある、とでも?
 データよりかけがえのないもの……〝人〟だろうか。だとしても〈千里眼〉は小規模な寄せ集めだ。メンバーだって四人のみ。
 新参者のミカとノエル、古参の宍戸にナナシぐらいで――あぁ。
 狙いは、彼か。
 どういう力学が働いた結果、そんな決断に至るのかミカには知る由もない。
 ――ナナシにとって天敵に近い、集団戦のエキスパートを送りこんできたこと。
 ――いつでも討ち取れるのに、攻めあぐねていること。
 仮定であるものの、奪還説で一応のつじつまが合う。確証を得るため、ミカは〈八咫烏〉の一挙一動に目を光らせた。コマンドを入力して、敵の取った行動の残滓を追いかけていく。
「なるほど。こちらの――正確にはナナシんの居場所を探っている」
 ノエルにとっては青天の霹靂なのだろう。
「お姉さま、どういうことでしょうか」
「どうやら〈エピタフ〉は、一石二鳥をもくろんだ模様です。〈千里眼〉のデータとともに、ナナシんを連れ戻そうとしている」

√ √ √ √ √

〔続く〕

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喜田真(きだまこと)

喜田真(きだまこと)

凡才の小説家もどき。 コスパいいガジェットやフリーソフトに目がない。 趣味レベルでプログラミングも嗜む。 [詳細]