喜田真に小説の才能はない

執筆を楽しんで書き続けるプロ作家志望者のフロンティア

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サイバークライシス 32話

[悲喜こもごもの輪舞]③

「んじゃ、お言葉に甘えるかな。〈エピタフ〉――あんたはいったい何者だ」
『ん~、直球ですね。あなたの人柄がうかがえます。いいでしょう。ご存知かもしれませんが、〈エピタフ〉は個人名ではありません』
「組織名ってことか」
『ニュアンスとして当たらずといえども遠からずなのは〝ネットワーク〟でしょうか。「World Wide Web」を模した草の根運動、とでも言えばいいかな』
「仮にあんたを捕縛しても〈エピタフ〉は消滅しない、ということだな」
『頭の回転が速い。お察しの通り、ネットワークを根絶しない限り、我々は止まりませんね。ただしこれだけは申しておきましょう。現時点において、私が〈エピタフ〉の総意を体現する人間です。「ボス」と評したほうが理解しやすいかもしれませんが』
「あんたを失えば〈エピタフ〉は」
『活動休止となるでしょうね。私の継承者が現れるまでの、短い期間ですが』
 首魁が失脚しても構成員の誰かが代役を務め、いずれ新たな〈エピタフ〉の統率者となる。殊のほかとっつきにくい敵だ、と宍戸は先行きの暗さを痛感した。
 上層部の一掃より、グループのより所をくじくほうが討伐の妙案かもしれない。
「あんたらの掲げる理念はなんだ」
『それは二つ目のクエスチョンですよ、宍戸刑事。時間さえあればもう少し歓談するのも一興ですが、頃合いなのでお開きにしましょう』
〈エピタフ〉という組織の定義は把握できたものの、いまだ全容が不透明だ。
 足止めを持続するのが最善、と宍戸は判断した。
「いけずなこと言うなよ。ナナシやお嬢さん方とは、よもやま話が尻切れトンボ気味なんだ。ジェネレーションギャップってやつかな。あんたとは不思議と話題が尽きない。ひょっとして俺ら、年が近いんじゃね。あんたの干支って、なんだい。俺はな」
『宍戸刑事、私は小心者でして、いつもとちるんじゃないかとビクビクしています』
 ぬけぬけと『小心者』なんてよく言えたもんだ。話半分くらいでちょうどいいかもな。
 ひとまず宍戸は話の腰を折らぬよう努めた。
『たとえば目覚まし時計も一つじゃ安心できません。慎重を期して二個ないし三個余分に準備して、やっと睡眠できるくらいです。そんな肝っ玉の小さな私ですから、〈八咫烏〉の左遷に際しても知恵を絞りましたよ。なまなかな仕掛けでは、百戦錬磨のクラッカーである彼らに、たちまち看破されてしまいますし』
 きな臭くなってきたのを宍戸は肌で感じた。
 どこかにトラップの兆しがないか、教室内に素早く目線を巡らせる。
 目下のところ特筆すべき変化はない。静粛すぎて気味が悪いくらいだ。
『あなたも時間稼ぎしていたのでしょう。でも誠に残念ですが、あなたの声は外に届かない。今やその部屋は密閉空間ですから。手始めにドアを封鎖しました。あと妨害電波を発信させていただき、無線LANや携帯電波はジャミングされております。ナナシにコンタクトを取ったようですけど、不通になっているはずですよ』
 宍戸はスマホを取り出す。
 電波が一本も立っていない。ナナシへのコールも中断している。
「じゃあなんであんたと会話できているんだ。回線は遮断されているのに」
『有線は生かしてあるんですよ。お使いのデスクトップは唯一、その部屋でLANケーブルにつながった機体なのです。そしてもう一つ、しゃれたオーダーメイドをしています』
 宍戸は机の下に配備されたデスクトップ本体を引っ張りだす。
 ずんぐりむっくりのタワー型だ。背面からLANケーブルが一本伸びている。そして静音性も飛び抜けていた。
 ファンの回転音がしない。水冷式だろうか。
『PCを自作すると分かるのですが、本体の内部は思いのほかスペースがありましてね。工夫次第で、いろんな物を詰めこめるんです。たとえばセンサー式の〝爆弾〟とか』
「ば、爆弾だと!?」
 脊髄反射で宍戸はタワーPCから手を離した。
『特殊コーティングしてありますので、ちょっとした振動や温度変化くらいで爆発しませんよ。あまりに高温になると保護膜が機能しなくなり、『ドカン』ですけど。もっとも空冷ファンが動いているうちは安全です。正常なうちは、ね』
〈エピタフ〉のリフレインに喚起され、宍戸は今一度パソコンを精査した。
 静かだ。ハードディスクのアクセス音しかしないほどに。
『それじゃ爆弾仕込む意味ないでしょう。なので細工しました。ファンが回転しなくなるように。通常だと熱暴走を未然に防ぐため、内部の温度が高くなりすぎるとオートでマザーボードが電源を落とします。そんなのって、ありがた迷惑だと思いませんか。ゆえに強制遮断装置もオフにしました。結果どうなるか、お分かりでしょうか』
「本体内部が――際限なく高温になる」
『ご名答です。そのままマザーボードが焼き切れるか、爆弾の導火線に火がつくか。宍戸さんの悪運はどちらでしょうね。運命の岐路、というやつです』
 得意げに豪語するくらいだ。不発で終わることは、まずもってない。
 宍戸は楽観視をやめた。努めて公平に状況を分析する。
「なるほどな。警察が〈八咫烏〉を逮捕できない場合、彼らを爆死させるつもりだったのか。いいや、やつらを捕まえやすくするため〈千里眼〉のおひざ元に配置させたことから逆算して、〈八咫烏〉のリタイアは必然」
 すなわち爆弾のターゲットは別にいる。
「目の上のこぶは〈八咫烏〉だけじゃなかった。あんたにとって邪魔者だったのは俺も、ってことだな」
 宍戸をも葬り去って〈エピタフ〉の計画は成就するに違いない。
『宍戸刑事は不可解に思いませんでしたか。あなたがおっしゃるところの「悪党集団の頭領」がパーソナルデータを漏洩するなんて。常日ごろから情報統制を強いる私が、率先して組織の秘密を暴露するなど言語道断です』
 先刻「あなたも時間稼ぎしていた」と、こいつは言った。それが如実に物語っている。
 時間を稼いでいたのは〝〈エピタフ〉も〟なのだ。パソコンの熱暴走を誘発し、爆弾の起爆準備が整うまで長話でお茶を濁す。
 裏をかいたと思いきや、こちらが術中にはまってる。〈エピタフ〉の底知れなさを、宍戸は実感していた。
『「死人に口なし」と言うでしょう。きっと私の同志も、大目に見てくれると思います』
「俺の殺害動機、教えてもらえるか」
『ん~、そうですね。「ナナシにかかわり合うと短命になる」というジンクスをはやらせたいと考えまして。なので〈虚数輪廻〉のお二人にも、ゆくゆくは沙汰が下ると思います』
〈エピタフ〉は当たり障りなく平坦に言った。
「じゃあ俺が生き残れば、七不思議めいたジンクスは成立しないな。お嬢さんたちに死の危険が迫ることもなくなる。朝飯前じゃないか」
 宍戸はイスの上に立ち、机を足場にして飛び越えた。着地するや床を蹴り、駆けだす。
 こんな所でみすみす死ぬつもりはない。むざむざ殺されてなるものか。
 だが彼には爆弾解除のスキルも、パソコンの空冷ファンを元通りにする知識もない。できるのは体を動かすことと、奇策を練ることくらいだ。
 できないことを嘆くより、できることに心血を注ぐ。
 すなわち全身でドアをぶち破る。シンプルにして宍戸向きの打開策だ。
『体力の浪費だと思いますよ』
〈エピタフ〉は嘲った。
 でも宍戸はひたむきに助走をつける。生きて生きて――生き抜くために。
「おおぉぉーーーー」
 軸足にあらん限りの力をこめ、跳躍した。靴底を突きだし、ドアへ飛び蹴りする。
 扉もろとも廊下へ転がり出る――段取りだったのに、ドアはびくともしない。
 いきおい、宍戸は跳ね返される。かろうじて受け身を取り、頭部を強打しての失神を免れたものの、肩を痛めた。
『言わんこっちゃない。業者さんにお願いして特別頑丈な扉にしてもらったんです。大口径のライフルでもないと、強行突破に難儀するでしょうね』
 虫の羽をちぎる男児のように屈託なく、〈エピタフ〉が告げた。
 扉は破れない。爆弾の解体も無理。窓からのダイブもままならない。
 絶体絶命の瀬戸際だ。
『ああ、どうやらお別れの刻限が迫っているようです。ご冥福をお祈りしますよ、宍戸刑事。せめてものお悔やみに、カウントダウンをして差し上げましょう。爆発まで――』
 非情にも〈エピタフ〉が最期の秒読みをする。
『十、九、八、七』
 宍戸の脳裏に走馬灯は流れない。代わりにふと思った。
 俺が死んだらナナシは泣くだろうか、と。
 たぶん涙は流さない。
 笑いはしないだろうが、平常営業でハッキングに明け暮れているに違いない。
 それでいいと宍戸は思う。むしろそうあって欲しい。
 自分の死が足かせとなってナナシの未来を閉ざすなど、あってはならないのだから。あいつには、アオイの分まで生きてもらいたい。普通に恋をして子供を作り、奥さんと仲むつまじく育てていく。我が子の成長を見守りながら余生を送るのだ。
 ナナシには不釣合いな日常という感じもするけど、ミカやノエルとの出会いは一つの契機になるだろう。
 その姿を間近で見られないのは、心残りだが。
『六、五、四』
「あーあ……死にたくねぇな」
 万策尽きて思わず、本音が口をついて出た。
 宍戸は自らの言葉に虚をつかれ、苦笑いする。
「悔いのない人生だった」なんて大言壮語はできそうもない。彼は壮大な歴史絵巻の中で命を落とす、勇猛果敢な英雄ではないのだ。
『三、二、一』
 せめて誰かに、生きた軌跡を頭の片隅で覚えていて欲しい。
 それが宍戸のささやかな願いだった。
『来世でお会いしましょう、宍戸刑事』
「生まれ変わっても、てめぇとはなれ合わんがな」
『ゼロ』
 宍戸の負け惜しみをかき消すように、室内に破裂音がとどろいた。

√ √ √ √ √

〔続く〕

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喜田真(きだまこと)

喜田真(きだまこと)

凡才の小説家もどき。 コスパいいガジェットやフリーソフトに目がない。 趣味レベルでプログラミングも嗜む。 [詳細]