喜田真に小説の才能はない

執筆を楽しんで書き続けるプロ作家志望者のフロンティア

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サイバークライシス 33話

[悲喜こもごもの輪舞]④

 宍戸が恐る恐る目を開けると、戸口にナナシがいた。ダッシュしてきたのか、肩で息をしている。幾たびもまばたきして確かめてみるけど、間違いない。
 ナナシだった。
 乱れた呼吸を整えがてら、彼は問いかける。
「おい、生きてるか、大将」
 宍戸は床にへたりこみつつ、ナナシを仰ぎ見る。
「さっきの、轟音は?」
「あぁ、勢いこんでドア開けたからな」
 ナナシは扉をスライドさせてみせた。
「あんたこそ、ケガはないのか」
「え、ああ。扉に体当たりした拍子で打ち身したくらい――って、ドアは施錠されてたんじゃなかったか。なんで我が物顔で入ってきてるんだよ」
「解錠したからに決まってるだろう」
「誰が?」
「次から次へと質問攻めだな。こいつの仕業だよ。おーい、ミカ。ナイスタイミングだったぞ。おかげで僕の突入がドラマチックになった」
 ナナシは耳に装着したイヤホンマイクに向かって、しゃべりかけた。ジーンズのポケットにマイクの線が伸びている。
 スマートフォンのアプリで通話しているのだ。
『宍戸さんの、お加減いかがですか』
 深刻さをにじませたミカの声が、ナナシの耳に伝わる。
「おなじみのアホ面引っさげてるよ。体張って、脱出を試みたらしい。軽傷あるくらいで五体満足だ。だから心配すんな。お気に入り下僕との女王様ごっこも、思うがままだぞ」
『だ、誰が宍戸さんごときで心痛めるものですか。彼が四肢欠損しようと、わたくしにとっては些細なこと。むしろ無事で、辟易したくらいです。公権力の抑圧を脱する好機を逸しましたので。ねぇノエル。わたくし、がっかり顔でしょう』
『お姉、さま――瞳の奥がおっかないです。せっかくの美貌が見る影もなくワイルドに』
 ノエルの悲鳴が聞こえた。
 宍戸ネタを掘り下げるのは得策でない、とナナシは英断して切り上げる。
「ノエル、例のこと頼んだぞ」
『大船に乗った気でいろ。あたしとお姉さまのユニゾンは、無敵艦隊だし』
『無敵』がナナシには空々しく聞こえる。
 ノエルたちは彼に敗れたから、警察に無償奉仕を義務づけられているのだし。
「まぁ、期待しているよ。ジャミングの影響で回線が不安定になるかもしれない。あとの指示はミカに任せる。フレキシブルにやってくれ」
『了解です。ナナシんもご武運を』
「うん」
 ナナシはイヤホンマイクを外して、入室した。
『やあナナシ、ご無沙汰だったね。一年ぶりになるかな。君との対話を一日千秋の思いで待ちわびたよ』
「僕は二度と話したいと思わなかったぞ、〈エピタフ〉。おまえの醜い断末魔の叫びだけは、聞きたいと心待ちにしていたけどな」
 ナナシは、座ったままの宍戸の前に仁王立ちした。
『けんもほろろだね。私の計らいで、美少女たちとも巡り会ったんじゃないか。感謝されこそすれ、恨まれるいわれはないと思うのだけど』
「僕がノエルやミカと会ったのも、おまえの采配と言い張りたいのか。そいつは傑作だ。安いコールドリーディング、っつーのがバレバレだぜ。観客に手品を見破られるマジシャンほど、痛々しいものはないな」
『私を三流手品師になぞらえて何を主張したいのかな、ナナシ』
「おまえは森羅万象の未来視ができるよう見せかけるきらいがあるな。けどそんなことはない。おまえの予期せぬことだって起こるんだ」
『たとえばどんな、だい。例示してくれよ』
「今回の件に関して先読みは外れたろ。おまえは宍戸を抹殺したかったはず。だけどこいつはピンピンしてる。つまりおまえは、僕らに負けたんだよ!」
 ナナシは窓際のデスクトップを指さした。
『私の負け、か。そう断言する論拠を聞かせてもらおう』
「敗因は二つ。一つは雇った兵隊が好奇心旺盛で野心家だったことだ。〈八咫烏〉のクラウドシステムをあさったら、残骸が出てきたぜ。おまえ、プラスチック爆弾なんつー物騒な代物をマフィアから仕入れたらしいな。〈八咫烏〉はおまえをゆする材料の一つとして、キープしたんだろうよ。まさか自分たちに使われるなんて、夢にも思わなかったろうけどな」
〈エピタフ〉が無感動に言う。
『手癖の悪い噛ませ犬だ。駄犬だけに鼻は滅法利く、とも言えるが』
「もう一つは露骨な情報封鎖だ。無線系を軒並み使えなくするなんて、おまえらしからぬ過失だな。『この部屋ではかりごとしてます』って宣伝してるみたいなものだぜ。有線のマシンを特定してハッキングしたら、案の定ビンゴ。BIOSとマザーボードをいじくってるじゃん。おまけに筐体内部に、異物まで埋めこんでる。ピーンときたね」
 ナナシは両手を組み合わせる。
「〈八咫烏〉が集めた情報とがっちゃんこさせて、〝パソコン爆弾〟って結論に至ったわけ。ちなみにファンの回転制御は僕が直した。なまじっか緻密な条件つきの爆弾だけに、もう誘爆することはねぇよ」
『〈八咫烏〉の詮索と、陸の孤島にする計略が裏目に出たから、か。前者は防ぎ得ないとしても、後者は得心いかないな。以前の君なら〈八咫烏〉打倒後、食い散らかした餌場にめっきり興味を失ったはず。なのに残飯かき分けてまで、私の陰謀の芽を探し求めた。いや、宍戸刑事の身を案じた裏返しか』
「ちげーよ、バカ」ほっぺを上気させたナナシが毒づく。「僕はおまえが何か仕掛けてくるのを、手ぐすね引いてただけだ。一泡吹かせる絶好の機会だからな。こんなおっさんの生き死になんぞ、天気予報より気にならない」
「てめぇな、ナナシ。誰がおっさんだって! 俺は脂ののってる二十代だぞ。筋肉痛だって、ちゃんと翌日にくるからな」
 宍戸の抗議に、ナナシは一瞥すらしない。
「横入りしてくんな。今は僕のターンだ」
『仲がいいじゃないか。私とはついぞ、今みたいなやり取りをしたことはなかったね』
「おまえは僕と一定の間隔を保持したろう。こいつみたいに土足で押しかけてくるなんてこと、しなかった」
『君が望んだから、そうしたまでさ』
「そいつは否定しねぇよ。けど仮に僕が願ったとしても、おまえは積極的に僕との距離を縮めなかったろうな。こいつほど他人とのふれあいを求めていないから」
『人とのふれあい、ね。要するにどういうことだい』
「おまえには『血が通ってない』ってこった。宍戸ほど自然体でもお人好しでもない」
 ナナシのセリフに、〈エピタフ〉は声をあげて笑った。
『私が冷血人間で、宍戸刑事が人情味あふれている、とでも? なぁナナシ、彼だって誠実を絵に描いたような男じゃないんだよ』
「どういう意味だ」
『宍戸刑事も、君に開示できない思惑があるってことさ』
 ナナシは振り返って宍戸を見る。彼も首をひねった。
「おまえのお家芸、事実無根な言いがかりで疑心暗鬼にさせたいのか。ディスカウントの流言飛語くらいじゃ、僕は口車に乗らないぜ」
『「宍戸アオイ」という名に聞き覚えはあるかい、ナナシ』
「なっ……どうしてアオイのことを」
 宍戸が目に見えてたじろいだ。
「知らねぇな。こいつの母ちゃんの名か」
『いいや、彼の弟だよ。享年十四歳、だったかな』
 享年……つまり他界した、ということ。
 宍戸は焦点の定まらぬ双眸で、うなだれている。呼吸も荒い。
『生まれつき病弱な体質だったらしくてね。気の毒に。小学や中学にもほとんど通えなかったみたいなんだ。毎日を病院のベッドで過ごす生涯、というのはどんな心境だろうね。凡俗の私なんかには、察して余りあるよ』
 ナナシは一言たりと口を挟めなかった。
〈エピタフ〉の詭弁かもしれないが、最後まで聞きたいという下世話な出来心が先行して。
『年が離れた親類への責任感なのかな。宍戸刑事は足しげくお見舞いに通ったそうだよ。でも神ってのは気分屋で残酷だね。闘病の日々でどれだけ生きながらえたいと切望しても、難病を身代わりしてまで弟に寿命を分け与えたいと祈願しようと、無慈悲に命のともしびを吹き消すのだから。アオイくんは治療のかいなく、たったの十四年で急逝した。さぞ無念だったろう』
「こいつの弟と僕が、どうだって言うんだ」
 異様にのどが渇くせいで、ナナシの声はかすれた。
『まだ気づかないかい。君が宍戸刑事と邂逅したのは何歳だった?』
 おぼろげながら〈エピタフ〉の筋書きが読めてきた。
 ナナシは口を真一文字に結ぶ。
『そう、アオイくんがこの世を去った年だ。宍戸刑事は女々しくも、病床の弟の幻影をナナシに重ねている。君は〝アオイくんが病魔に打ち勝って生存した可能性〟なのさ』
〈エピタフ〉が歌うように述べた。耳を傾ける者にとっては、内臓を刃物でえぐる旋律に近いかもしれない。
 宍戸は何一つ異議を唱えなかった。
 事実なのか、はたまたみだりに触れて弟との思い出を冒涜したくないのか、ナナシには判別がつかない。
『ナナシは宍戸刑事の中で、代用品にすぎないんだ。けど私は違う。私にとって君は不可分な存在。誰にも替えはきかない』
 ナンバーワンよりオンリーワン、か。そんなヒット曲があったな、とナナシは思った。
 ポップスは彼の守備範囲外なので、曲名まで思い出せないけど。
「柄にもないことを言うな。僕にこびて何をたくらんでる、〈エピタフ〉」
『ナナシ、〈千里眼〉など離反し、こちら側に復帰してくれ。君さえ望めば、私が総力を結集して手引きする。また二人で一緒にやろうじゃないか。私の思いこみが発端で離別したお詫びに、君が望む物はすべて調達するよ』
「僕の欲しい物、ね」
 ナナシは淡々と復唱した。
『ああ。金に糸目はつけないよ。融通がきかない警察じゃ――宍戸刑事じゃ逆立ちしても手に入れらないものだって、便宜を図ってみせる』
「〝世界〟と言ったら?」
『君に世界征服の欲求があるとは初耳だけど、用立ててみよう。……ううん、いっそあまねく地上に革命を勃発させようか。〝クーデターゲーム〟ってのはどうだい。君が「将軍」で私が「軍師」。無味乾燥な安寧にすがる家畜のごとき愚者どもを、奈落に突き落とす。愚民を一人残らず平伏させ、名実ともにナナシは新時代の帝王として君臨するんだ』
 こいつはクレイジーだ。独裁者とかにおあつらえ向きだろう。
 ネジのぶっ飛び具合だけは僕好みだけど、とナナシは冷笑した。
「おまえなら、いつしか本気でやってのけるかもな」
『だったら』
「だが断る」
『は?』
〈エピタフ〉に似つかわしくない、とぼけた声音だ。
 ナナシは優越感を覚えた。

〔続く〕

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喜田真(きだまこと)

喜田真(きだまこと)

凡才の小説家もどき。 コスパいいガジェットやフリーソフトに目がない。 趣味レベルでプログラミングも嗜む。 [詳細]