喜田真に小説の才能はない

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サイバークライシス 6話

[アビスルートの功罪]⑥

「お姉さま、敵が増殖しました。援軍を呼んだのでしょうか!?」
 ノエルの報告は悲鳴に近かった。
「浮き足立たないで、ノエル。賊はあくまで、自称〈アビスルート〉一名です」
 対してミカは冷静沈着。虚勢にせよ置かれた状況を考慮すると、一朝一夕にマネできる芸当じゃない。
 破竹の勢いだったはずなのに、一転して暗雲が立ちこめたのだ。敵の投じた一手が、戦局をひっくり返してしまった。
「ど、どういうことですか」
「なあに、ごく簡単な手品ですよ。〈アルタイル〉と〈デネブ〉に着目して」
 ミカに促され、ノエルは二つのゲートを確認する。
「クラッキングが、やんでる――」
「ええ。ハッキングAIを本人の後方支援に配置したのでしょう。増援の正体は、自律思考型プログラムです」
「感服しました。さすがお姉さまは慧眼です。それで対抗策は?」
「ありません」
 え、と漏らしたきり、ノエルは閉口した。
「聞き取れませんでしたか。打つ手なし、と申したのです。彼我の数で、わたくしたちが圧倒されています。パワーバランスは向こうに傾いた。我が校のネットワークが侵食されるのも、時間の問題でしょうね」
 ノエルには、にわかに信じがたい返答だ。
 彼女にとってミカは、完全無欠な超人的存在。なのに降伏に似たセリフを口にするなんて、屈辱でしかない。ノエルの目尻にみるみる涙がにじむ。
「激流に踏ん張りをきかせて押し戻すなんて、愚の骨頂。ただし流れに抗うのが困難を極めるなら、乗りこなしてやればいいだけのこと。合気道よろしく、敵の勢いを利用するのです」
 ミカは蠱惑的に微笑した。いや、『小悪魔的』と評するべきか。
「利用、できるのですか」
「当たり前です。わたくしを誰だとお思いかしら」
「は、ハッキングの申し子で才色兼備のミカお姉さま、です!」
 ノエルは覇気を取り戻した。
 ミカはちょっぴり照れて、ほっぺたを指でかく。
「あまり壮大な修飾語を並べないでちょうだい。誇大広告で訴えられてしまいます」
「いいえ、全然足りません! お姉さまの素晴らしさは――」
 ミカはノエルに顔を近づけた。額と額をぴたりと密着させる。
 おでこ同士がくっつくということは、至近距離だ。ほんの少し唇を突き出せば、キスできてしまうほどに。
「賛美に酔いしれるのは、賊を討ち果たしたあとにしましょう」
 ノエルは「はい……」とうわ言を漏らすのが精いっぱいだった。赤面し、悪魔に魅入られたかのごとく硬直している。
「侵攻を止められないのなら、気ままにやらせておきましょう。盗まれて経営が逼迫するほどのプラチナデータは、聖カトレア女学院にないのですから」
 ミカはノエルから離れた。
「わたくしたちは二手に分かれます。足止め役としてわたくしが、できうる限り時間を稼ぐ。バリケードを越えられたら、逆にローカルネットに軟禁してやります。いかな〈虚数輪廻〉といえど、退路を断たれて泡食う姿が目に浮かぶわ」
「あ、あたし、は、なに、すれば」
 いまだノエルは夢見心地から脱しきれぬらしい。語調は片言だった。
「あなたが本作戦のキーパーソンよ」
 ミカがノエルの肩にふわりと手のひらを載せた。
「わたくしが対戦中に、ハッカーのグローバルIPアドレスを割り出すの。ノエルは攻撃特化のアタッカー。わたくしがディフェンスに専念するほうが、理にかなっています」
「逆探知、ということですね」
「ええ。題して『肉を切らせて骨を断つ』」
「野郎のプライバシーは、どこまで突き止めればよろしいでしょうか」
「可能な範囲で余さず。あなたの絶技で敵を丸裸にしてみせて、ノエル」
「お任せあれです!!」
 ノエルの意気ごみは尋常じゃない。勢い余って特攻しかねないほどだ。
「うふふ、頼もしい後輩ね。弱みを握ったら、すかさず賊へちらつかせてやりましょう。そうすれば、あら不思議。労せずして一件落着です。敵も従順な犬にならざるを得ない」
「パーフェクトプランです、お姉さま。さぁ、あたしにお命じくださいませ」
「存分に暴れなさい、ノエル。あなたの美しき舞いを、わたくしの目に焼きつけて」
「かしこまりました」
 ノエルはチュッパチャプスを噛み砕き、歯で芯の棒をへし折った。

√ √ √ √ √

 ナナシはキーボードのホームポジションで手を休めた。
「おろっ。風向きが変わった、か?」
『どうした。お嬢さんたち、またぞろ隠し球でも投入してきたか?』
 フィクサーSは息をはずませている。どこかを徒歩か駆け足で移動中なのだろう。
「うるさいな。僕を気遣ってないで、あんたは自分の役目を全うしろ」
『俺はおまえの保護者代わりだからな。世話を焼くのもアフターケアのうちだ』
「まったく、減らず口たたいてからに」
 語意は愚痴であるのに反し、まんざらでもなさそうだ。ナナシはかすかに、にんまりする。
『だったらつけ入る隙を与えるな。で、どういう局面になったんだ』
「好転したよ。やつら、虫の息だ」
『は? 一進一退の、予断を許さぬ情勢だったよな』
 ナナシが鼻を鳴らす。
「見くびるな。僕が小娘ごときに足元すくわれるかっつーの」
『おまえ、さっき一杯食わされたんじゃなかったか。だいたい「小娘」って、彼女たちのほうが年上だと思うぞ。どちらかと言えば、おまえが「小僧」だろうに』
「揚げ足取ってばかりだな。細かいことをねちねちほざくと、ハゲあがるぞ。ご自慢の天パーが焼け野原だ」
『よーしよし。今のは宣戦布告、とみなしていいんだな。あとで俺がじきじきに説教してやるから覚悟しとけよ。泣きべそかくまで正座の刑だからな』
 フィクサーSは電話口で獰猛な狼のごとくうなった。
「図星だからって逆上するなよ、大人げねぇぞ。あと負け惜しみ、乙。あんたのこけおどしに乗るものか。僕の根城は『天の岩戸』も同然。内側でロックしたら、他人の入りこむ余地など一ミリもない。防犯カメラであんたの吠え面を、じっくり見学させてもらおう」
『おまえの自室が開かずの要塞? 寝言は寝てから言え。マスターキーの存在をお忘れでないかな、そこつ者のナナシくん』
「…………」
 ナナシは口を閉じた。血がにじむほど唇を噛んでいる。
『カギを全とっかえでもしない限り、おまえの生殺与奪権は俺にあると胸に刻むことだ』
「くそったれ。だから大人はいけ好かない。何かにつけ未成年者の首根っこをつかみたがる」
『形勢不利のときだけ、ちゃっかり被害者面すんな。おまえの独善的な振る舞いがたたって、監視下に置かれたんだろうが。己の行動を省みてから物を言え』
「うっさい。アホしし――あん?」
『おまえ、言うに事欠いて年長者の俺を罵倒しかけたか』
「じゃれ合いタイムは終了だ。ちょっと静かにしていろ」
 ナナシが次から次へキーをタイピングしていく。
「ははーん、そうきたか。兵力を分散させたわけだ。道理で抵抗力が半減したと思った」
『ナナシ、何があった。大丈夫なんだろうな』
「ああ。『まだ』っていう、ただし書きはつくけどね」
『彼女たちは何をしている』
「要するにだ」ナナシは舌なめずりした。「役割分担したらしい。一人は負け戦を続行。そこはかとなく『捨て駒』臭がするけど」
『もう片方は?』
「僕の居所の探索だな。ふむふむ、いい腕じゃん。中継している海外の基地局を二つ、早くも見破られちゃった。こっちののど元まで、あと三分ってところかな」
『日和っている場合か。のんびりしてたら、こっちがハッキングされるんだろう。ミイラ取りがミイラになる、なんて笑い話にもならないぞ』
「ぬふっ。確かにそりゃ笑えない冗談だ」
 口ぶりとは裏腹に、ナナシは満面の笑みをたたえていた。
「でも心配には及ばない。あんたはでーんとふんぞり返ってろ。『お山の大将』ってのは、往々にしてそうするもんだ」
『枕ことばに「お山」をつけている時点で、俺への反発心がダダ漏れだけどな』
「言葉のあやじゃん。真に受けないでくれよ、大将。僕はあんたの忠実なしもべ。羽をむしりとられた、かごの中の鳥だぜ」
『……悪ふざけだとしても、本気で怒るぞ。おまえは俺の相棒だ。下僕、なんて思ったことは一度たりとない』
「わ、悪かったよ。羽目を外しすぎた」
 ナナシはバツが悪そうにせき払いした。
「小娘たちが戦力を二分したのは僕にとって、結果オーライだ。おかげで事前の仕込みが功を奏する。あんたの手を煩わすまでもないし、メンツを潰したりしないって」
『俺は体面の話をしてるんじゃない』
 フィクサーSは不平を鳴らした。
「ハック対決は僕の専門分野だ。僕にしかできないことがあるように、あんたはあんたの畑で戦え。それが対等な〝パートナー〟ってことじゃないのかよ」
 ぐうの音も出ないのか、フィクサーSは「ぐぬぬ」とうめいている。
『ガキのくせに一丁前な口を利いて……』
 決まり悪くなったのだろう。言下に、彼との通話が途絶えた。

√ √ √ √ √

〔続く〕

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喜田真(きだまこと)

喜田真(きだまこと)

凡才の小説家もどき。 コスパいいガジェットやフリーソフトに目がない。 趣味レベルでプログラミングも嗜む。 [詳細]