喜田真に小説の才能はない

執筆を楽しんで書き続けるプロ作家志望者のフロンティア

Home »  小説 »  サイバークライシス » 

サイバークライシス 7話

[アビスルートの功罪]⑦

 ノエルは一心不乱にキーボードを打鍵していた。気分屋で情緒にむらがあるものの、ここぞというときの爆発力は、ミカをもしのぐ逸材だ。
「残り一分ほどで尻尾をつかめそうです。お姉さまの首尾はいかがですか」
「恐らくノエルの足音を感知したのでしょう。微動だにしなくなったわ。対応に苦慮しているのが透けて見えます」
「ミカお姉さまのお役に立てて本望です」
「末恐ろしい娘だこと。あなたを敵に回したくはありませんね」
 ミカの言動がお世辞なのか、ノエルには判然としない。
 けどそれもまた些末事。よしんばおべっかであろうとも、敬愛する相手からかけられた厚意は胸を温かくさせてくれるのだから。
「ねぇノエル、わたくし、いいこと閃いたの。聞いてくれる?」
「もちろんですとも。お姉さまのお言葉を聞き逃すなど、あってはならないことです」
「あなたはいちいち大仰ね。そこがかわいいところでもあるけれど」
 ミカがくすくす笑い、ノエルは返す言葉を失った。
「あなたがハッカーの所在を判明させた暁には、〝スケープゴート〟になっていただこうかと思ったのよ」
「スケープゴートって、まさか」
 ノエルは自らを指さした。

「ご名答。わたくしたち〈虚数アビス輪廻ルート〉の身代わりです」

 ミカの自白を世間の人が耳にしたら、さぞかし騒然となったことだろう。あるいは半信半疑かもしれない。
 市井で賛否両論のカオスを振りまくミステリアスハッカーが、うら若き乙女――成人式さえ迎えていない二人の女子高生だったのだから。
 むしろ彼女たちはそういった盲点を逆手に取った、とも言える。
 誰が思い浮かべるだろうか。辺鄙でIT化未発達なお嬢様学校に通う生徒が、何食わぬ顔であまたの企業をゆする、などと。
 まさしく〝悪知恵〟だ。
「だって賊は不遜にも名乗ったでしょ。〈アビスルート〉と。だったら落とし前つけてもらうのが筋じゃなくって?」
「具体的には、いかがなさるおつもりですか」
「手始めに敵を我が校のネットワーク内部に幽閉し、動かぬ証拠といたします。現在進行形でクラッキングしているわけですしね。続いて、ノエルが余すところなくかすめ取ったハッカーのパーソナルデータを、警察とマスコミ各社に順次送付します。頻度はそうねぇ――小出しにでもしましょうか。初手からてんこ盛りのフルコースじゃ、〝生贄〟に仕立てたのが見え見えでしょうし。以上でなすりつけ、一丁上がりです」
 ミカが相好を崩した。罪の意識など、つゆほどもにじませていない。
 そうすることがさも当然、とでも言いたげだ。
「珠玉のシナリオです、お姉さま」
 ノエルは大きな瞳をキラキラさせた。彼女にも悪気は毛ほどもなさそうだ。
「ということは、〈アビスルート〉を卒業なさるのですか」
「そうせざるを得ませんね。犯人が派手派手しく逮捕されたのに、同名で猛威を振るっては、元の木阿弥ですもの」
「ちょっぴり残念です。せっかく知名度が上がってきたところでしたのに」
「ふふ、ノエルはせっかちね。〈虚数輪廻〉を廃業するだけです。ハッカーとして『足を洗う』とは申してませんよ」
「え。ってことは」
 ミカがおうようにうなずく。
「別名義で活動しましょう。新たな門出です。〈アビスルート〉は屋号にすぎません。いくらだってすげ替えがきく。そうね。今度はどんな通称がいいかしら」
「ならば、あたしが温めてきた案を。お姉さまとあたしのハンドルネームをつなぎ合わせて、『熾天使ミカエル』なんていかがでしょうか」
「う~ん。露骨すぎないかしら。いかにも『わたくしたちが犯人』と喧伝しているみたいです。瞬く間に足がつきそう」
「じゃあですね、アナグラムにして……」
「どうあってもわたくしとあなた、二人のハンドルネームからあやかりたいのね」
 いえ、と否定しかけて、ノエルは頬を上気させた。
「そうです」と、もごもご打ち明ける。
 ノエルの恥じらう様がツボだったのか、ミカは吹き出した。
 つられてノエルも照れくさそうに破顔する。
 交わす会話は物騒だが和やかムードの中、水面下で波乱が根を張っていた。
 ひっそり、かつ着々と。やがて芽吹いて誰の目にも異変が明らかになる。
「ノエルのノートパソコン、何か挙動がおかしくない?」
「もう、意地悪して驚かせないでくださいよ。心臓に悪いですって、お姉さま。あたしの愛機は正常そのもの……」
 ノエルの顔色が変わった。
「どうして」というつぶやきを連呼している。
「やはりサイバーテロを受けているのね。いったい誰の仕業――よもやっ」
 ミカが試しに、眼前にたたずむ〈虚数輪廻〉の偽物を相手取った。
 小手調べのコマンドを流す。
 されどノーリアクション。カウンターはおろか、回避すらしてこない。
「こいつ……本人に成り代わった自走式のダミープログラム? いいえ、遠隔操作の使い捨てアバターかしら。いったいいつから!?」
 電子空間に巣くう『0』と『1』の集合体は、ミカの質問に応じない。
 代わりにシグナルを発したのは、
「あたしが狩る側だったはずなのに、いつの間にか後ろを取られて――トラップだったにせよ、お姉さまとバトったまま、どうやってこっちに来れたの? やつはソロでしょ。分裂したわけでもあるまいに。ちくしょう、コマンドの返りが鈍い。あたしの命令受けつけなくなってきた。もうじきコントロール不能に」
 しどろもどろで要領を得ないノエル。我が身に降りかかった災厄に、てんで対処できてない。不可解なアクシデントで手玉に取られている。
 無理からぬことだ。〈虚数輪廻〉のブレインであるミカをもってしても、予見できなかったハプニングなのだから。
 ミカが親指の爪を噛む。
「なんて……こと。してやられた。こいつのもくろみは学校のデータを奪取することじゃない。はなから――」

√ √ √ √ √

「本命はおまえたちさ。正真正銘の〈アビスルート〉ちゃん」
 両目の下にくまのある少年、ナナシは液晶モニターへ無邪気に投げキッスした。
「とはいっても、いっぺんに二人とも倒す必要はない。防御がおろそかな片割れのアカウントを乗っ取る。そいつの身体マシンに根掘り葉掘り問いただしてやんよ。おまえたちの犯した罪の一切合切をな。これが数々の修羅場をくぐった玄人の手際、ってやつさ。用意周到だろ。こちとら、駆け出しのおまえらとキャリアが段違いなんでね」
〈ベガ〉ゲートを突破した直後、ナナシ特製のハッキングツールをバックアップに回したことで行動の幅が広がり、ゆとりが生まれた。
 その隙にあらかじめ待機させておいたリモートコントロールの分身にすり替わる。本体は、相手の出方を虎視眈々とうかがっていたのだ。
 張り巡らせた罠の中へ単騎で猪突猛進してきたノエルを捕捉。可及的速やかに捕獲にかかり、今に至る。
「さあて、そっちのターンだぞ。お次はどんな打ち返しでくる? ひよっこ特有の奇想天外な策がいいな。ふふん。どうせなら朝まで踊り明かそうぜ、非行少女ども」
 どっちが罪人か判別つかぬよこしまなほくそ笑みで、ナナシはウェブ空間の向こう側にいる女子中高生へラブコールを送った。

√ √ √ √ √

〔続く〕

down

コメントする




本作へのエールは匿名の拍手でも歓迎です!

ネット小説ランキング

この作品が気に入ったらクリック(投票)お願いします。

グッジョブ!

0

自己紹介

喜田真(きだまこと)

喜田真(きだまこと)

凡才の小説家もどき。 コスパいいガジェットやフリーソフトに目がない。 趣味レベルでプログラミングも嗜む。 [詳細]